昭和後期の小学生あるある~高確率で国語の教科書の作者の写真に落書きをする。髭や鼻毛、眼鏡、髪の毛を増やすなど。
昭和後期の教室。静まり返った授業中に、隣の席のアイツが必死に笑いを堪えている……。その手元にある国語の教科書を覗き込むと、そこには威厳あるはずの文豪が、見るも無惨な(しかし最高に面白い)姿に変貌を遂げている。
これは、昭和から平成にかけて、全国の小学校で同時多発的に発生していた「儀式」のようなものでした。
昭和50年代から60年代。インターネットもスマホもない時代、授業中の退屈を紛らわせる最大の武器は、手元の鉛筆と、教科書の隅に掲載された「作者の顔写真」でした。
夏目漱石、芥川龍之介、宮沢賢治……。教科書の最初や最後に並ぶ、白黒の少し古めかしい肖像写真たちは、小学生という名の「無名のアーティスト」たちにとって、最高のキャンバスだったのです。
昭和50年代から60年代。インターネットもスマホもない時代、授業中の退屈を紛らわせる最大の武器は、手元の鉛筆と、教科書の隅に掲載された「作者の顔写真」でした。夏目漱石、芥川龍之介、宮沢賢治……。教科書の最初や最後に並ぶ、白黒の少し古めかしい肖像写真たちは、小学生という名の「無名のアーティスト」たちにとって、最高のキャンバスだったのです。
今回は、昭和後期の小学生にとっての最大の娯楽(?)でもあった「教科書の作者への落書き」をテーマに、あの頃の教室の空気感と、なぜ私たちはあんなにも情熱を注いだのかを徹底解剖します。
1. なぜ「国語の教科書」だったのか?
数ある教科書の中でも、なぜ「国語」が落書きの聖地となったのでしょうか。それにはいくつかの理由があります。
圧倒的な「顔」の存在感
算数や理科の教科書は図解やグラフが多いのに対し、国語の教科書には「著者紹介」として、文豪たちの肖像写真が大きく掲載されていました。しかも、その多くが明治・大正時代の人物であり、白黒でコントラストが強く、鉛筆の乗りが良い(!)という特徴がありました。
授業の「間」の長さ
国語の授業は、朗読を聞いたり、静かに問題を解いたりする時間が長く、手持ち無沙汰になりやすい傾向がありました。先生の背中が黒板に向いた瞬間、あるいはクラスメイトが詰まりながら本を読んでいる最中、私たちの指先は吸い寄せられるようにあの写真へと向かうのです。
2. 昭和小学生の落書き「四大ジャンル」
当時の落書きには、全国共通とも言える「型(カタ)」が存在しました。誰に教わったわけでもないのに、なぜかみんな同じような改造を施していたのです。
① 髭(ひげ)と鼻毛の増殖
もっともポピュラーで、かつ破壊力が高いのがこれです。
- カイゼル髭: 漱石や鴎外の立派な髭を、さらにカールさせて誇張する。
- つながり眉毛: 眉間を一本の線で結び、一気にコミカルな表情へ。
- 鼻毛: 鼻の穴から、ありえない長さの毛を数本描き足す。この「数本」という絶妙なバランスが笑いのツボでした。
② 眼鏡(めがね)の追加
素朴な文豪の顔に、眼鏡を描き加えるだけで、印象はガラリと変わります。
- ロイド眼鏡: 真ん丸な眼鏡。
- サングラス: レンズを真っ黒に塗りつぶし、文豪を「マフィア風」や「刑事風」に仕立て上げる。
- 螺旋眼鏡: ぐるぐる巻きのレンズを描き、ガリ勉キャラにする。
③ 髪型の劇的ビフォーアフター
当時の小学生は、毛髪の量に対して非常にシビア(?)でした。
- バーコード頭: フサフサの文豪を、無理やり数本の毛が這うスタイルに。
- モヒカン・アフロ: 明治の文豪に、当時の流行(あるいはパンク文化)をミックス。
- リボンとツインテール: 髭面のおじいさん作者に、可愛らしいリボンをトッピングするシュールな演出。
④ 身体の拡張と吹き出し
顔だけでは飽き足らず、胴体やセリフを付け加える高度な技もありました。
- 「腹減った…」: 哲学的な表情の哲学者に、食欲をそそるセリフを喋らせる。
- マッチョ化: 首から下を筋骨隆々に描き、ペンではなくダンベルを持たせる。
- 宇宙服: 文豪をNASAの宇宙飛行士に仕立て上げる壮大なスケール。
3. 被害総数NO.1? 落書きされやすい文豪ランキング
教科書に登場する偉人たちの中でも、特に「ターゲット」になりやすい人々がいました。
第1位:夏目漱石
千円札(旧紙幣)の顔でもあった漱石は、その端正な顔立ちと立派な髭が、落書きのベースとして完璧でした。何をしても「漱石感」が消えないため、改造のしがいがあるのです。
第2位:芥川龍之介
あの独特の、頬杖をついて考え込むポーズ。あれは小学生にとって「何かを持たせてください」と言わんばかりの隙だらけの構図でした。手にタバコではなく、アイスクリームやゲームボーイ(昭和末期)を持たされるのが定番でした。
第3位:志賀直哉・武者小路実篤
白樺派の面々は、その「おじいちゃん感」が鼻毛や眼鏡の絶好のターゲットになりました。
4. 落書きがバレた時の「恐怖」と「連帯感」
この遊びには常にリスクが伴いました。それは「先生のチェック」と「音読」です。
抜き打ちの教科書チェック
「はい、教科書を机の上に出して」と言われた瞬間の緊張感。落書きが激しすぎて、もはや誰の写真か分からない状態になっていると、没収や廊下立ちの刑が待っていました。消しゴムで消そうにも、鉛筆の筆圧が強すぎて跡が残ってしまう……。
犯行の「回し読み」
休み時間になると、自慢の作品を友達同士で見せ合います。 「おい、これ見てみろよ」「ぶはっ!やりすぎだろ!」 この狭いコミュニティでの承認欲求こそが、作品のクオリティを向上させる原動力でした。時には、友達の教科書に勝手に落書きをして喧嘩になる、というのもセットであるあるでした。
5. パラパラ漫画という名の「連作」
落書きの究極系は、ページの隅っこに描かれる「パラパラ漫画」でした。
- 棒人間が戦う: ページをめくるスピードに合わせて、棒人間がパンチやキックを繰り出す。
- 文豪が動く: 著者の写真の表情を少しずつ変えて、瞬きをさせたり口を動かしたりする。
これはもはや落書きを超えた「アニメーション制作」の原体験であり、昭和の子どもたちのクリエイティビティの極致でした。
6. 【まとめ】落書きは、退屈な日常への小さな反抗だった
今、振り返ってみると、なぜあんなにも一生懸命に文豪たちの顔を汚していたのか、不思議に思うかもしれません。しかし、あれは決して文豪たちへの侮辱ではありませんでした。
教科書という「正解」ばかりが書かれた堅苦しい世界の中で、自分たちの想像力を働かせ、クスッと笑える「遊び」を見つけ出す。それは、昭和の不自由な教室の中での、精一杯の自己表現だったのです。
現在、タブレット端末が導入されつつある学校現場では、このような「消せない鉛筆の跡」としての落書きは消えつつあるのかもしれません。しかし、あの時ノートの端や教科書の隅に描いた、くだらなくて最高に面白い絵の数々は、私たちの創造力の源流として今も心の中に生き続けています。
昭和落書きあるある総仕上げ:
- 卒業間近の教科書は、もはや「顔」の部分が鉛筆の塗り潰しで真っ黒になっている。
- 国語だけでなく、理科の「アルキメデス」や音楽の「バッハ」も被害に遭いやすい。
- 落書きのしすぎで、親に「教科書が汚い!」と本気で怒られる。
あなたの教科書に載っていたあの作者は、最終的にどんな姿になっていましたか?
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