はじめに──あの重厚な本棚の光景を覚えていらっしゃいますか?
昭和後期あるある~訪問販売の「巨大な百科事典」
営業マンが売りに来た分厚い百科事典の全巻セットが応接間やリビングの本棚を占拠していますが、誰も開かないため新品同様にピカピカのままでした。
応接間やリビングの本棚の一角を、分厚い背表紙がずらりと並ぶ百科事典の全巻セットが占領していた──昭和40〜60年代にお育ちの方なら、ご自宅や親戚の家でこの光景を目にされたことがあるのではないでしょうか。
表紙は深い緑や紺色の重厚な装丁、金色の文字で書かれた書名、そろいの背表紙が整然と並ぶ姿は、確かに存在感がありました。しかし実際には、購入してから一度もページを開いたことがない、という状態のご家庭が少なくありませんでした。背表紙は日焼けひとつなく、ページはぱりぱりのまま、まさに「新品同様」でした。
なぜそのような百科事典が日本中の家庭に届いたのでしょうか。そしてなぜ買ってしまったのでしょうか。本記事では、昭和の訪問販売が生み出した「百科事典文化」を詳しく振り返ってまいります。
第1章 昭和の百科事典はどんなものだったのか
全巻セットの圧倒的な存在感
昭和後期に訪問販売で売られていた百科事典は、一般的に10巻から30巻程度の全巻セットとして販売されていました。1巻あたり数百ページに及ぶ分厚い造りで、全巻並べると本棚の相当なスペースを占有するものでした。
代表的な百科事典としては、平凡社の『世界大百科事典』、小学館の『日本大百科全書(ニッポニカ)』、ブリタニカ・ジャパンの『ブリタニカ国際大百科事典』などがございました。これらはいずれも専門の編集者・執筆者が長年をかけて編纂した本格的な参考図書であり、内容の質は確かなものでした。
また、子ども向けの学習百科事典シリーズも多く販売されており、「お子さまの学力向上に」というセールストークとともに、子育て世代のご家庭に積極的に売り込まれていました。
価格は当時の感覚で非常に高額だった
百科事典の全巻セットは、決して安い買い物ではありませんでした。セットの内容や巻数にもよりますが、数万円から数十万円という価格帯の商品が多く、当時の一般的なサラリーマン家庭にとっては大きな出費でした。
そのため分割払い(月賦)での購入が一般的であり、毎月の支払いが数年にわたって続くというケースも珍しくありませんでした。「百科事典の月賦がまだ終わっていない」という会話が家庭内で交わされていたというのも、昭和ならではの光景でした。
第2章 訪問販売という売り方の実態
飛び込み営業でやってくる百科事典の営業マン
昭和の百科事典は、主に訪問販売(飛び込み営業)という形で販売されていました。あらかじめアポイントを取ることなく、営業マンが直接ご家庭のドアをノックして売り込みに来るスタイルです。
営業マンはスーツに身を包み、カタログや見本冊子を携えて訪問してきました。「お子さまのいるご家庭を中心にご案内しています」「今だけ特別価格でご提供しています」といったトークを展開し、その場での購入を促す手法が取られていました。
昭和の時代は現代と比べてセキュリティ意識が異なり、見知らぬ訪問者でも玄関先や応接間に上げてしまうことが珍しくありませんでした。一度家の中に入られると断りにくい雰囲気になってしまうという心理が、購入につながるケースもあったようです。
「教育熱心な親」への訴求
百科事典の訪問販売が昭和に広く成功した背景には、当時の「教育熱」があったとも言えます。高度経済成長を経て生活水準が向上した昭和の日本では、「子どもに良い教育を受けさせたい」「学力をつけさせたい」という親御さんの意識が非常に強い時代でした。
「百科事典があれば、お子さまが自分で調べる習慣がつきます」「学校の宿題にも役立ちます」「将来の受験にも備えられます」──こうしたセールストークは、教育に熱心な親御さんの心に刺さりやすいものでした。子どものためになるならという気持ちから、高額であっても購入を決断されるご家庭が多かったのです。
クロージングの心理的プレッシャー
訪問販売の営業手法として、その場での即決を促す心理的な圧力もあったとされています。「今日だけの特別価格です」「このエリアのご家庭には先着でご案内しています」といったトークで緊急性を演出し、「持ち帰って検討する」という選択肢を取りにくくさせる手法です。
また、長時間にわたる説明の後では「ここまで話を聞いてしまったから断りにくい」という気持ちが生まれやすく、結果として購入してしまうという流れも少なくなかったようです。昭和の訪問販売をめぐるトラブルは社会問題にもなり、後の消費者保護法制の整備につながっていきます。
第3章 なぜ「誰も開かない」ことになったのか
購入動機と実際の使い方のギャップ
「子どもの教育のために」という動機で購入された百科事典ですが、実際には日常的に活用されないまま本棚の飾りになってしまうケースが多くありました。その理由はいくつか考えられます。
まず、百科事典は「調べたいことができたときに開くもの」であり、積極的に読み進める性質の本ではありませんでした。学校の宿題で特定のことを調べる機会はあっても、子どもが自発的に百科事典を手に取る頻度は決して高くありませんでした。
次に、百科事典は内容が高度であったり、記述が大人向けであったりすることが多く、子どもが気軽に読み進めるには敷居が高い側面もありました。図鑑や学習漫画のように親しみやすいビジュアルではなく、文字と写真・図版が中心の構成は、子どもには近づきにくいものだったかもしれません。
「本棚に並んでいること」自体に意味があった時代
昭和の家庭において、百科事典が本棚にずらりと並んでいることには、実用的な意味とは別の価値がありました。「知的な家庭」「教育熱心な家庭」であることの象徴として、百科事典の全巻セットは機能していたのです。
来客があったときに応接間の本棚に並ぶ百科事典は、その家庭の文化的な水準を示すインテリアとしての役割も担っていました。実際に読むかどうかよりも、「持っている」こと自体に意味があった──そうした昭和の文化的価値観が、百科事典の需要を支えていた面は確かにあったでしょう。
「いざというとき使える」という安心感
百科事典を購入した親御さんの多くは、「いざとなれば使える」という安心感を持っていたことと思います。「ここに何でも書いてある本がある」という存在自体が、家庭に知的な安心感をもたらしていました。
実際に毎日活用しなくても、必要なときに調べられる環境が整っているという満足感──それは現代のインターネット環境に近いものかもしれません。「繋いでいれば何でも調べられる」というインターネットの存在感と、「本棚にあれば何でも調べられる」という百科事典の存在感は、その時代における「知への安心」という意味で通じるものがあります。
第4章 百科事典をめぐる昭和の家族の記憶
子どもが唯一開いたのは「図版のページ」
誰も開かないとされていた百科事典ですが、子どもが唯一積極的に眺めたのが、写真や図版が掲載されたカラーページでした。世界の国旗、動物の写真、人体の仕組み、宇宙の図解──テキスト中心のページとは異なり、カラー図版のページは子どもの好奇心を引きつけるものがありました。
百科事典を「読む」のではなく「眺める」という形で親しんだ思い出をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。あのカラー図版の質感や色合いは、昭和の子ども時代の記憶の一部として残っている方も多いことと思います。
「百科事典で調べなさい」という親の言葉
わからないことを親に質問したとき、「百科事典で調べなさい」と言われた経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実際に自分で調べることで学びが深まるという教育的な意図もあったことと思いますが、子どもにとっては分厚い百科事典から目当ての情報を探し出すこと自体がひと苦労でした。索引を引いて該当ページを開き、難しい文章を読み解く──その体験は確かに調べる力を養うものでしたが、気軽に取り組めるものではありませんでした。
月賦払いが終わる頃には時代が変わっていた
百科事典を分割払いで購入されたご家庭では、毎月の支払いが数年続くことになります。その支払いが終わる頃には、子どもは成長して学生時代が終わっていたり、社会の情報環境が大きく変わっていたりということもありました。
「ようやく払い終わった頃には誰も使わなくなっていた」という苦い笑い話は、昭和の百科事典にまつわる定番のエピソードとして語られています。
第5章 百科事典文化の終わりとその後
インターネットの登場が決定的な転換点に
昭和の百科事典文化が終わりを迎えた最大の要因は、1990年代以降のインターネットの普及です。パソコンやスマートフォンから検索エンジンを使えば、知りたいことを瞬時に、そして無料で調べられる環境が整ったことで、百科事典の実用的な需要は急速に低下しました。
また、CD-ROMやDVD-ROMに収録されたデジタル百科事典も登場し、紙の百科事典の優位性はさらに薄れていきました。かつて本棚のシンボルだった重厚な全巻セットは、「処分に困る大きな本」として扱われるようになっていきます。
訪問販売規制の強化
百科事典に限らず、昭和の訪問販売をめぐるトラブルへの対応として、消費者保護に関する法律の整備も進みました。1976年には訪問販売法(現・特定商取引法)が制定され、契約後に一定期間内であれば無条件で契約を解除できる「クーリング・オフ制度」が設けられました。
こうした法整備により、強引な訪問販売への歯止めがかかるようになり、昭和の時代に見られた「その場での即決・高額契約」という販売スタイルは規制されていくことになります。
今でも残る百科事典の価値
インターネット全盛の現代においても、百科事典の価値がゼロになったわけではありません。編集者・専門家が監修した信頼性の高い情報、系統立てられた知識の体系、そして読み物としての深みは、インターネット上の情報とは異なる質を持っています。
現代では平凡社の『世界大百科事典』などがオンラインデータベースとして提供されており、図書館や教育機関での利用は続いています。形は変われど、体系的な知識をまとめるという百科事典本来の役割は、現代にも引き継がれているのです。
まとめ──「誰も開かない百科事典」が語る昭和という時代
ピカピカのまま本棚に並び続けた百科事典は、昭和という時代の縮図でもありました。教育への熱意、見栄えや体裁を大切にする文化、訪問販売が成立した社会の雰囲気、そして分割払いで高額商品を手に入れようとした家庭の経済感覚──それらすべてが、あの重厚な全巻セットの中に詰まっています。
「一度も開かれることなく新品同様のまま」という事実は、皮肉なようでいて、それだけ大切に扱われていたとも言えます。使うためではなく、「持っている」ことに意味があった時代の、ひとつの象徴として、昭和の百科事典は今でも多くの方の記憶に残り続けているのではないでしょうか。
本記事は昭和の訪問販売・百科事典文化に関する歴史的・文化的記録を目的としています。記載の情報は執筆時点での調査に基づくものです。
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