はじめに──あの宝石の飴を覚えていらっしゃいますか?
昭和後期あるある~リングキャンディ(ジュエルリング)のベタベタ
巨大な宝石の形をした飴が指輪になっているお菓子。指にはめて舐めていると、溶けた飴が垂れてきて指の間が強烈にベタベタになる。
透明感のあるキラキラとした大きな宝石の形をした飴が、プラスチックのリング台座に取り付けられた、まるで本物のジュエリーのような駄菓子。指にはめてうっとりと眺めた後、舐め始めると溶けた飴が指の間に垂れてきて、気づけば手全体がべたべたになる──。
昭和後期に子ども時代を過ごした方なら、「リングキャンディ」あるいは「ジュエルリング」と呼ばれたこの指輪型のお菓子の記憶をお持ちではないでしょうか。特に女の子にとっては、憧れの「本物のジュエリー」を30円前後で手に入れられる夢のようなお菓子でした。
指にはめた瞬間の「お姫様になったような」うっとりとした気持ちと、そして避けられないベタベタとのせめぎ合い──本記事では、昭和の駄菓子文化を彩ったリングキャンディ(ジュエルリング)の魅力と、あのベタベタにまつわる記憶を詳しく振り返ってまいります。
第1章 リングキャンディ(ジュエルリング)とはどんなお菓子だったのか
1979年頃に登場したロッテの「ジュエルリングキャンディ」
昭和の子どもたちの記憶に最も強く刻まれているリングキャンディが、ロッテが1979年(昭和54年)頃に発売した「ジュエルリングキャンディ」です。
もとはアメリカのTopps社が製造した商品をロッテが輸入販売していたものですが、その後ロッテが自社で生産するようになり、上下2層に色分けされた宝石部分が特徴の商品として広まりました。フレーバーはメロンサイダー味とイチゴサイダー味の2種類があり、カラフルで透明感のある宝石型の飴がプラスチックのリング台座にセットされていました。
当時の販売価格は30円前後と、子どものお小遣いで十分に手の届く価格設定でした。昭和50年代の30円という価格は、今でも多くの方の記憶に残っていることと思います。残念ながら、ロッテによるジュエルリングキャンディはその後販売が終了しています。
「宝石みたい!」という感動が最大の魅力
ジュエルリングキャンディが昭和の子どもたち、特に女の子に大人気になった最大の理由は、その見た目の美しさにあります。透明感のあるカラフルな飴が、まるで本物の宝石のようにキラキラと輝いていました。
昭和の時代、子どもがジュエリーを身につけるというのはなかなか珍しいことでした。しかしジュエルリングキャンディなら、30円さえあれば「宝石の指輪」を指にはめることができます。「大人みたい」「お姫様みたい」という気持ちが、このお菓子を特別なものにしていたのです。
駄菓子屋の棚でキラキラと光るジュエルリングキャンディを見つけたときの胸の高鳴りは、ただの飴を選ぶときのそれとは全く異なるものでした。
現代も続く「リングキャンディ」の系譜
ロッテのジュエルリングキャンディは販売終了となりましたが、同様の指輪型キャンディは現代でも「ダイヤモンドリングキャンディ」(やおきん)などの商品名で販売が続けられています。ストロベリー・グレープ・オレンジなどのフレーバーで、駄菓子屋やネット通販などで現在も購入することができます。
また、アメリカでは元祖「Ring Pop Candy」(Topps社)が現在も販売されており、世代を超えて愛され続けている商品ジャンルであることがわかります。
第2章 「指にはめる」という唯一無二の食べ方
指にはめてこそ完成するお菓子
リングキャンディの最大の特徴は、指にはめてから食べるというその食べ方にあります。プラスチックの台座部分が指輪のバンドとなっており、これを指にはめることで宝石型の飴が手の甲側に来て、舐めながら食べることができます。
この「指にはめてから食べる」というスタイルは、単なる食べ方ではなく、一種のコスプレ・ドレスアップの体験でもありました。指にはめた瞬間から「私は宝石の指輪をしている」という気分になれる。そのプチ変身体験が、ただ口に入れるだけの普通の飴とは全く異なる付加価値を生んでいました。
「どの指にはめるか」という小さなこだわり
指輪をどの指にはめるかは、子どもにとって案外重要な問題でした。薬指にはめればより「指輪らしく」見えますが、薬指は日常的に動かしにくい指でもあります。人差し指にはめると飴に届きやすい反面、指輪らしさが少し減る。
また、大きめに作られたプラスチックの台座は、子どもの細い指には少々ゆるく、はめる指を選ぶ楽しみが生まれていました。「この指じゃゆるゆる」「この指にするとちょうどいい」と試行錯誤しながら、最適な指を探すあの作業もまた、リングキャンディの体験の一部でした。
第3章 避けられない「ベタベタ」との格闘
溶けた飴が垂れてくるメカニズム
リングキャンディを指にはめて舐めていると、避けられない事態が訪れます。舐めることで飴の表面が溶け、溶けた糖分が指の周りに流れ出してくるのです。
飴は舌の熱と唾液によって表面から少しずつ溶けていきますが、その溶けた飴液は重力に従って下へと流れます。指にはめて食べているため、溶けた飴は自然と指の側面へ、そして指と指の間へと流れていきます。糖分を含む飴液は粘度が高く、乾くと固まってさらにベタベタになる性質を持っています。
こうして、舐めれば舐めるほど指全体が飴液でコーティングされていくという、避けられないベタベタの連鎖が始まるのです。
「ベタベタなのに止められない」という矛盾
リングキャンディを舐めているときの不思議な体験は、「ベタベタになってきたと分かっていても、止められない」という矛盾でした。
指が糖液でコーティングされ始めると、触るものすべてにベタベタが移ってしまいます。服、鞄、友達の手、本のページ──何かに触れるたびに「あ、ついた」という罪悪感が生まれる。しかしだからといってリングキャンディを外したり食べるのを止めたりする気にはなれない。あの甘くて美しい宝石の飴を、まだ舐め続けたいのです。
ベタベタの不快感と、お菓子を食べ続ける喜びが同時に存在するあの感覚は、リングキャンディならではのものでした。
「指の間が強烈にベタベタ」という共通の記憶
特に印象的なのが、指と指の間に溜まる飴液のベタベタです。飴を舐めながら手を動かすうちに、溶けた糖液が指の間の細い隙間に入り込み、乾いて固まるとまるで接着剤のような強いベタつきになります。
「指がくっついちゃう!」という感覚は、リングキャンディを食べたことがある方なら共感いただける記憶のはずです。水で洗えばきれいに落ちるとわかっていても、ベタベタのまま舐め続けてしまう。その背徳感も込みで、リングキャンディの体験が完成していたとも言えます。
親に怒られる定番パターン
リングキャンディのベタベタはもちろん、最終的には親からの注意を引き起こすこともありました。ベタベタの手でいたずらをしたり、家具や本を触ってベタベタを広げてしまったり、洋服で手を拭いてシミを作ったり──リングキャンディがきっかけで「ちゃんと手を洗いなさい!」と怒られた経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
第4章 昭和の女の子文化とリングキャンディ
「大人のジュエリー」への憧れを叶えてくれた
昭和後期は、テレビや雑誌でキラキラしたジュエリーやファッションが脚光を浴びていた時代でもありました。女優さんやアイドルが身につける宝石の指輪への憧れを、子どもの感覚で体験させてくれたのがジュエルリングキャンディでした。
「本物のダイヤやルビーではないけれど、これはこれで本物みたい」という感覚が、30円という価格と相まって子どもたちの心を掴んでいました。大人のジュエリー文化を子どもの世界に翻訳したこのお菓子は、単なる飴の枠を超えた「体験を売る商品」だったと言えるでしょう。
友達と見せ合う楽しさ
リングキャンディを買ったら、友達と見せ合うのも楽しみのひとつでした。「私はメロン(緑)にした」「わたしはイチゴ(赤)!」と選んだフレーバーを見せ合い、どちらが綺麗かを比べ合う。あるいは同じフレーバーで揃えて「お揃いの指輪ね」とテンションが上がったりと、リングキャンディはコミュニケーションの道具でもありました。
駄菓子屋の前で友達と一緒にリングキャンディを選び、一緒に指にはめて舐める。その小さな共有体験が、昭和の女の子どうしの友情を深める一幕になっていたことと思います。
第5章 昭和レトロブームの中のリングキャンディ
現代に生きる「指輪飴」
ロッテのジュエルリングキャンディは販売終了となりましたが、類似品は現代も販売が続いています。やおきんのダイヤモンドリングキャンディをはじめ、複数のメーカーが指輪型のキャンディを製造・販売しており、駄菓子屋や通販サイトで購入することができます。
現代の類似品は、ストロベリー・グレープ・オレンジなどのフレーバーで提供されており、子ども会の景品やお祭りの縁日での販売など、子どもたちのイベントシーンで活躍し続けています。
昭和レトロとして再評価される魅力
近年の昭和レトロブームの中で、ジュエルリングキャンディも「昭和の懐かしいお菓子」として注目を集めています。当時を知る世代がSNSで思い出を語ったり、昭和レトロをテーマにしたイベントで類似品が展示・販売されたりと、その存在感は色褪せていません。
「キラキラした宝石みたいな飴を指にはめて、ベタベタになりながら舐めた」という体験の記憶は、非常に具体的で感覚的なものだけに、語った瞬間に多くの人から「わかる!あれ懐かしい!」という共感を呼びます。こうした感覚の共有こそが、昭和レトロブームが持つ力のひとつでしょう。
まとめ──ベタベタも込みで「宝物」だった昭和の指輪飴
キラキラと光る宝石型の飴を指にはめ、うっとりしながら舐め始めると、やがて溶けた糖液が指の間を侵食してきて手全体がベタベタになる。それでもやめられなかったあの甘い時間は、昭和の子どもたちにとって「30円で買えるちょっとした夢」でした。
1979年頃に登場したロッテのジュエルリングキャンディは、宝石への憧れと飴の甘さという二つの欲求を同時に叶えてくれるお菓子として、昭和の女の子文化に確かな爪痕を残しました。そのブランドは販売を終了しましたが、同じコンセプトを受け継いだ指輪飴は令和の今も子どもたちの手に渡り続けています。
ベタベタになった指先の記憶、友達と見せ合った宝石の色、駄菓子屋の棚でキラキラと光っていた飴の輝き──それらはすべて、昭和という時代の甘くて懐かしい記憶として、多くの方の心の中に今でも大切にしまわれているのではないでしょうか。
本記事は昭和の駄菓子文化に関する歴史的・文化的記録を目的としています。記載の情報は執筆時点での各種資料に基づくものです。
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