「バリア!」で無敵になれた昭和の鬼ごっこ──指をクロスして叫んだ子どもたちのローカルルール大全

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昭和あるある
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はじめに──「バリア!」と「タンマ!」を覚えていらっしゃいますか?

昭和後期あるある~鬼ごっこの「バリア(またはタンマ『タイム』)」

鬼にタッチされそうになった瞬間、指をクロスさせて「バリア!」と叫ぶと無敵になれるというローカルルール。多用しすぎると喧嘩になる。

鬼ごっこの最中、鬼がすぐそこまで迫ってきた。逃げ切れない──そんな絶体絶命の瞬間、両手の人差し指をクロスさせて「バリア!」と叫ぶと、なぜかその場が凍りついて鬼がタッチできなくなる。あるいは「タンマ!」と叫んで靴紐をしばる振りをしながら数秒間の猶予を得る──。

昭和後期に小学生だった方なら、このような「バリア」や「タンマ」をめぐるドラマを、学校の校庭や公園で経験されたことがあるのではないでしょうか。公式ルールには一切書かれていないのに、いつの間にか子どもたちの間で定着していたこれらのルールは、鬼ごっこをより複雑に、そしてより喧嘩が多くなる方向へと発展させていきました。

本記事では、昭和の鬼ごっこ文化を彩った「バリア」と「タンマ」の実態と、その背後にある子どもたちの心理・文化を詳しく振り返ってまいります。


第1章 「バリア」とはどんなルールだったのか

指をクロスさせると「無敵」になれる謎の権力

「バリア」とは、鬼ごっこなどの遊びの最中に、指をクロスさせる(または特定のポーズを取る)ことで「一時的に無敵状態になる」と宣言する、子どもたちの間で広まったローカルルールです。

鬼が迫ってきた瞬間に「バリア!」と叫ぶことで、その瞬間からしばらくの間タッチが無効になる、というのが基本的な仕組みです。「バリア(barrier)」という英語由来の言葉を使っているものの、それが何を意味するか正確に理解している子どもは少なく、ただ「言えば無敵になれる」という感覚で使われていました。

「スーパーバリア」という上位概念

バリアが広まると、必然的に「バリア破り」という概念が生まれてきます。「バリアなんて効かない」「こちらもバリアしてるから」という言い合いが始まると、それを打破すべく「スーパーバリア!」という上位版が登場しました。

「スーパーバリアがかかってるから普通のバリアは通じない」という主張に対し、さらに「スーパーウルトラバリア!」と応酬する──この軍拡競争のような「バリア上位争い」は、昭和の校庭の鬼ごっこにおける定番の光景でした。どこまで上位のバリアを宣言すれば最強になれるのかは永遠に決着がつかず、やがて喧嘩になるのが常でした。

バリアの使いすぎが喧嘩のもとに

「バリア」の最大の問題点は、多用することで遊びが成立しなくなってしまうことでした。鬼になることが嫌な子どもがバリアを使い続ければ、いつまでも鬼が増えず、ゲームが進まなくなります。

「またバリアしてる!」「バリアはずるい!」という非難が飛び交い、「バリアは3回まで」「バリアは一人1回まで」という制限ルールが後付けで生まれてくる。しかしそのルールを誰が決めたのか、本当にそのルールが有効なのかをめぐってまた争いが起きる──バリアをめぐる攻防は、しばしば鬼ごっこそのものよりも白熱したものでした。


第2章 「タンマ」とはどんな言葉だったのか

「一時中断」を宣言する子どもの言葉

「タンマ」は、遊びの最中に「ちょっと待って」「一時中断」を宣言するときに使われた言葉です。スポーツで言えばタイムアウトに相当するもので、タンマを言えばその間は鬼ごっこが一時停止され、靴紐を結び直したり息を整えたりする猶予が与えられるというものでした。

コトバンクによると、「タンマ」の初出は1936〜37年の岸田国士さんの作品に見られ、少なくとも戦前から存在していた言葉です。精選版日本国語大辞典では、「(『待った』の『ま』と『た』を逆にしてつくり出した語かという)子供の遊びで、一時中止を要求、または、宣言することば」と説明されています。

「タンマ」の語源をめぐる諸説

「タンマ」の語源については複数の説があり、現在も定説はありません。

最も有力とされる説のひとつが、「待った」を前後逆にした「倒語」という説です。「待った(まった)」を逆から読むと「たっま」となり、そこから「タンマ」に変化したという考え方です。もうひとつの有力説が、英語の「time(タイム)」が子どもたちの間で音変化して「タンマ」になったというものです。他にも「一旦待つ」の略、フランス語の「temps mort(タン・モォール:無駄な時間)」由来説などがありますが、いずれも確定的な証拠はなく、諸説のまま現在に至っています。

語源はさておき、「タンマ!」という言葉が持つ「ちょっと待って!」という感覚は、昭和の子どもたちに全国的に共有されていた言葉でした。

「バリア」と「タンマ」の違い

「バリア」と「タンマ」は似て非なるものでした。

バリアは「私には触れられない(無敵状態の宣言)」であるのに対し、タンマは「ゲーム全体を一時停止する(中断の宣言)」という性質の違いがあります。バリアは自分だけに適用されるものですが、タンマはゲーム全体を止める宣言です。

そのため、タンマはバリアよりも影響範囲が広く、多用すると他の参加者全員に影響が及びます。「またタンマ!さっきもタンマ言ったじゃん!」という不満が噴出するのは、この性質の違いにあります。


第3章 ローカルルールが生まれる子どもの文化

公式ルールのない遊びに生まれた自治

鬼ごっこには、大人が定めた公式ルールブックのようなものは存在しません。遊び方の基本は「鬼がタッチしたら鬼が交代する」というシンプルなものですが、その他のルールは参加者の合意によって決まります。

この「合意によってルールが決まる」という特性が、バリアやタンマのようなローカルルールの温床となりました。最初に誰かが「バリアって言えば触れない」というルールを提案し、他の子どもたちがそれを受け入れることで、その場限りのルールが成立する。それを別の遊び仲間に伝えることで、地域の子どもたちの間に広まっていく。

こうして、文書化されることも標準化されることもないまま、各地域・各学校ごとに微妙に異なるバリエーションを持つローカルルールが生まれていったのです。

地域によって異なる「休憩宣言」の言葉

「タンマ」が全国的に広まった言葉である一方、地域によって別の言葉が使われることもありました。「タイム!」と英語をそのまま使う地域、「まった!」と日本語で宣言する地域など、「遊びを一時中断したい」という意思表示の言葉には様々なバリエーションが存在していました。

鬼ごっこの呼び方自体も「ケイドロ」「ドロケイ」「助け鬼」など地域によって大きく異なるように、遊びにまつわる言葉は地域の子ども文化として多様に展開していたのです。

ルール交渉という社会体験

バリアやタンマをめぐる交渉は、子どもたちにとって社会性を学ぶ場でもありました。

「バリアを使ってもいいか」「何回まで使えるか」「タンマは一度の遊びで何回まで言えるか」を仲間と話し合い、合意を形成し、合意に反した場合は抗議する──この一連のプロセスは、ルールの意味、公平さの感覚、他者との合意形成という、大人社会でも重要なスキルの原体験でした。

時に喧嘩になり、時に泣いて帰る子が出て、それでも翌日また一緒に遊ぶ──その繰り返しの中で、子どもたちは人間関係の機微を身をもって学んでいたとも言えます。


第4章 バリア・タンマが生んだ昭和の校庭の記憶

「ずるい!」という感情の正体

「バリアはずるい!」「タンマ多すぎ!」という怒りの感情の根底には、「公平でなければならない」という子どもの強い正義感がありました。

自分が鬼のときに相手がバリアを多用し、自分が逃げる側になったとたんにバリアが使いにくい空気になる──そのような「都合のいい使い方」への怒りは、子どもなりの公平感覚から来るものです。ルールは全員に平等に適用されなければならない、という感覚は、昭和の鬼ごっこの中で鋭く養われていたのかもしれません。

仲裁役の「ジャッジ問題」

バリアをめぐって揉めたとき、誰がその判定をするかも問題でした。参加者全員が当事者であるため、中立の審判がいません。一番年上の子どもが仲裁に入ることもありましたが、年上の子自身も遊びの参加者であるため、公平な判定は難しいものでした。

「多数決でどっちが正しいか決めよう」という提案も、鬼の側と逃げる側で派閥が分かれれば無意味です。結局「もういい、やめた」という流れになり、翌日にはケロッとして同じメンバーで遊んでいる──それが昭和の子どもたちの遊びの現実でした。

「ドラえもん」のタンマウォッチ

「タンマ」という言葉の知名度を語るうえで外せないのが、藤子・F・不二雄先生の漫画・アニメ『ドラえもん』に登場する秘密道具「タンマウォッチ」です。時間を止めることができるこの道具の名前が「タンマ」に由来していることは、タンマという言葉が昭和の子ども文化にどれほど深く根ざしていたかを示しています。


まとめ──バリアとタンマが育てた昭和の子どもたちの知恵

「バリア!」と叫んで無敵を宣言し、「タンマ!」と叫んで一時停止を宣言する──公式ルールにない昭和のローカルルールは、子どもたちが自分たちで遊びをデザインし、交渉し、時に喧嘩しながら合意を形成してきた、生きた社会体験の産物でした。

バリアの多用で喧嘩になり、タンマをめぐって言い合いになる。それでも翌日また一緒に走り回る校庭の日常は、スマートフォンもゲーム機も関係なく、体と言葉だけで作り上げていた昭和の子ども文化の豊かさを体現していました。

「バリア!」と叫んで指をクロスさせたあの瞬間、「タンマ!」と声を上げて息を整えたあの瞬間──それらはすべて、昭和の校庭に刻まれた、かけがえのない子ども時代の記憶です。


本記事は昭和の子ども遊び文化に関する文化的記録を目的としています。記載の情報は各種辞書・資料に基づくものです。


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