食卓の「小さな折り畳み傘」はハエから料理を守っていた──昭和の必需品「蝿帳(はいちょう)」の懐かしい記憶

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昭和あるある
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はじめに──あの網状のカバーを覚えていらっしゃいますか?

昭和後期あるある~食卓の上の「蝿帳」

余ったおかずをテーブルに置いておく際、ハエがたからないように被せる「小さな折り畳み傘」のような網状のカバー。

小さな傘を逆さにしたような、金属の骨組みに網やレース状の布が張られた、テーブルの上に置くカバー。余ったおかずや帰りの遅いお父さんのために取り分けた夕食の上に、お母さんやおばあちゃんがスポンとかぶせていたあのカバー──。

昭和の家庭で育った方なら、「蝿帳(はいちょう)」という言葉を聞いてすぐに思い浮かぶ光景があるのではないでしょうか。折りたたみ傘のように中央の紐を引っ張るとパッと開いてドーム状になり、食卓の料理に被せてハエが来るのを防ぐ。シンプルながら昭和の食卓に欠かせなかったあの道具は、ハエが当たり前にいた時代と、冷蔵庫がまだ完全に普及しきっていなかった時代の知恵の結晶でもありました。

本記事では、昭和の食卓を支えた蝿帳の歴史と仕組み、そしてあの道具が語る昭和の生活文化を詳しく振り返ってまいります。


第1章 蝿帳(はいちょう)とはどんな道具だったのか

江戸時代から続く食卓の守り神

蝿帳は、ハエなどの虫が食べ物に近づかないよう防ぐための道具です。その歴史は非常に古く、江戸時代にはすでに存在していたとされています。「蠅帳」「蠅入らず」という言葉は俳句の夏の季語としても使われており、日本の生活文化に深く根ざした道具であったことがわかります。

食べ物に虫が寄り付くのを防ぐというニーズは時代を超えて変わらないものであり、冷蔵庫のなかった時代には特に重要な役割を果たしていました。通気性を保ちながら虫を防ぐという機能は、単に食品を密閉するラップや容器とは異なる、蝿帳ならではの優れた特性でした。

二種類の蝿帳──家具タイプと折りたたみタイプ

蝿帳には大きく分けて二つのタイプがありました。

ひとつは家具タイプです。食器戸棚の一部に金網を取り付けたものや、周囲に金網や紗(薄い織物)を張った蝿帳専用の棚として使うものがこれに当たります。風通しがよく、ハエを通さず、食べ物を常温で保存するための専用の収納家具として機能しました。

もうひとつが、昭和の食卓でより一般的に使われていた折りたたみタイプです。金属製の骨組みに麻布やレース状の布、あるいはメッシュ(網)が張られており、中央の紐を引っ張ると傘のように広がってドーム状になります。食卓の料理の上に被せて使うこのタイプは、「小さな折りたたみ傘」とも形容される独特の見た目が特徴で、形は丸形・四角・楕円形などさまざまでした。

正式な呼び名と異名の数々

「蝿帳(はいちょう)」が最も一般的な呼び方ですが、現代では「食卓カバー」「フードカバー」「キッチンパラソル」「ランチパラソル」「食卓傘」「食卓覆い」など、さまざまな呼び方がされています。「蠅」という漢字が使いにくくなったこともあり、現代商品では虫を連想させない名称が選ばれることが多くなりました。

また、「蠅帳」と「蠅入らず」は前述の通り夏の季語でもあります。俳句の世界でも詠まれてきたということは、この道具が日本人の生活にどれほど密着していたかを物語っています。


第2章 昭和の食卓にハエが多かった理由

昭和のハエ問題の深刻さ

現代の家庭では、ハエが食卓に飛んでくることは珍しくなりましたが、昭和後期までの日本では状況が全く異なっていました。特に農村部や都市近郊では、ハエが家の中を飛び回ることが日常的でした。

ハエが多かった理由のひとつとして、当時の衛生環境が現代より整っていなかったことが挙げられます。下水道の整備が進んでいなかった地域が多く、農家では肥料として使われる堆肥などがハエの発生源となっていました。また、生ゴミの処理方法も今とは異なっており、ハエが繁殖しやすい環境が身近にありました。

「蝿帳の周りには、なぜかハエの軍団が集まっていた」という記憶をお持ちの方も多いことと思います。ハエが寄ってきても中に入れないように防ぐ、というのが蝿帳の役割でした。

冷蔵庫が完全に普及する前の食品保存

昭和後期にかけて家庭用冷蔵庫は徐々に普及していきましたが、すべての食べ物を冷蔵庫に入れるわけではありませんでした。また冷蔵庫に入れるほどでもないちょっとした残り物、食事の直前に用意した料理など、テーブルの上に置いておく場面は日常的に存在しました。

特に「帰りの遅いお父さんの夕飯」は、蝿帳の最もよく知られた使い場面のひとつです。家族が先に食事を終えても、遅く帰ってくる家族のために取り分けた料理を食卓に並べ、その上に蝿帳をかぶせておく。仕事から帰宅すると蝿帳の下に夕食が待っていた──そんな光景は、昭和のお父さんたちが共通して持つ記憶のひとつではないでしょうか。


第3章 蝿帳をめぐる昭和の家庭の日常

「かぶせる」という動作の日常化

蝿帳の使い方はシンプルです。料理の皿の上から被せるだけ。取り外すときも引き上げるだけ。この手軽さが、蝿帳を日常的に使いやすいものにしていました。

食事の準備が終わったらすぐに蝿帳をかぶせる、食べるときに取り外す、また必要なら戻す──この一連の動作は、昭和の家庭では意識するまでもない日常の一部となっていたことと思います。お母さんやおばあちゃんが何気なく料理にかぶせる動作は、食卓の記憶とセットになって残っている方も多いのではないでしょうか。

取り分けた料理の「見た目が見える」という安心感

蝿帳の素材が網やレースであることには、実用的な意味がありました。不透明な蓋をしてしまうと、中に何が入っているかが外からわかりません。しかしメッシュやレース状の蝿帳越しに料理を見ることができれば、何があるかを確認してから取り外すことができます。

また通気性が保たれることで、料理が蒸れることなく、においがこもることもありませんでした。ラップで完全に密封するのとは異なる、ゆるやかな保護というスタイルが蝿帳の特徴でした。

形と素材のバリエーション

昭和の蝿帳には、さまざまな形や素材のものがありました。ちゃぶ台に合わせた丸形、食卓テーブルに合わせた四角形や楕円形、背の低いものから高さのあるものまで、料理の量や器の大きさに応じて選べるバリエーションがありました。

素材も時代や価格帯によって異なり、粗い麻布を張ったもの、レース状の布を使った上品なもの、金属メッシュのものなど、各家庭の好みや予算によって様々なタイプが使われていました。なかには、蝿帳自体をインテリアの一部として楽しめるような、凝ったデザインのものもありました。


第4章 蝿帳が姿を消した理由

衛生環境の改善とハエの減少

蝿帳が家庭から姿を消していった最も大きな理由は、衛生環境の改善によるハエの減少です。下水道の整備、生ゴミ処理の改善、農業での農薬使用など、さまざまな要因が重なって、昭和後期から平成にかけてハエが家の中を飛び回る光景は少なくなっていきました。

国立感染症研究所の記録によると、かつては公衆衛生上の大きな問題であったハエの問題が、昭和以降の衛生環境の整備によって大幅に改善されていきました。ハエが来なければ蝿帳は必要なくなります。道具が必要とされなくなれば、自然と家庭から消えていくのは道理です。

冷蔵庫の普及と食品管理の変化

家庭用冷蔵庫の普及も、蝿帳が使われなくなった大きな要因でした。料理の残りは冷蔵庫に入れるという習慣が定着することで、常温で食卓に料理を置いておくという状況自体が減っていきました。

ラップフィルムの普及も同様です。料理をラップで包んで冷蔵庫に入れるというスタイルは、蝿帳をかぶせて常温に置くというスタイルを置き換えていきました。利便性と衛生管理の観点からは現代のやり方が優れていますが、ひとつの食卓文化がそこで途絶えたとも言えます。


第5章 令和によみがえる蝿帳の価値

現代も続く蝿帳の製造

蝿帳は昭和の遺物として消えたわけではありません。現在も製造・販売が続いている商品です。いまも蝿帳の製造を続ける北次株式会社(三代目・北次孝得さん)は、1980年頃から蝿帳の製造を始め、40年以上にわたってその製造を続けています。

現代では「食卓カバー」「フードカバー」という名称で販売されているものが多く、アウトドア・バーベキューでの虫よけとして使うシーン、プラスチックラップの使用量を減らすためのエコな選択肢として、あるいは昭和レトロとしての懐かしさから再注目されています。

脱プラスチックとサステナビリティの観点から

現代における蝿帳の見直しの背景には、プラスチック問題への意識の高まりもあります。料理を保存する際にラップフィルムを使う現代の習慣は便利ですが、使い捨てプラスチックの消費という問題があります。

洗って繰り返し使える蝿帳は、この観点から「エコな食品カバー」として再評価されています。昭和の知恵が現代の環境問題への解決策として見直されるというのは、道具の持つ普遍的な価値を示すものでもあります。


まとめ──昭和の食卓を守り続けたあの「小さな傘」の記憶

金属の骨組みに網やレースが張られた折りたたみ傘のような形の蝿帳。帰りの遅いお父さんの夕食の上に、余ったおかずの上に、静かにかぶせられていたあの道具は、昭和の家庭の食卓に欠かせない存在でした。

江戸時代から続く歴史を持ち、夏の季語にもなるほど日本の生活文化に根ざした蝿帳は、衛生環境の改善と冷蔵庫の普及によって昭和後期から家庭の食卓を離れていきましたが、形を変えながら現代にも受け継がれています。

お母さんやおばあちゃんが何気なく料理の上にかぶせていたあの動作、蝿帳の下に夕食が待っていた帰宅の記憶、網越しに見えていた料理のおかずの色──それらはすべて、昭和の食卓の温かな風景として、多くの方の心の中に今でも大切にしまわれているのではないでしょうか。


本記事は昭和の食卓文化・蝿帳に関する歴史的・文化的記録を目的としています。記載の情報は無印良品くらしの良品研究所・ラジオ関西トピックス・Weblio辞書等の資料に基づくものです。


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