昭和後期のCMあるある~「おしりだって、洗ってほしい。」(TOTO・ウォシュレット / 1982年)
戸川純さんの個性的なキャラクターとともに、日本のトイレ文化を根底から変えた歴史的なコピーです。
昭和57年(1982年)9月、テレビから流れたある一言が、日本人のトイレに対する価値観を根底から覆しました。TOTOの温水洗浄便座「ウォシュレット」のCMで戸川純さんが放った「おしりだって、洗ってほしい。」というコピーです。当時は「おしり」という言葉をテレビで口にすること自体がタブー視されていた時代であり、放送直後には視聴者からの抗議電話が鳴り止まなかったといいます。それでも、このCMはやがて日本中の家庭にウォシュレットを普及させる原動力となりました。今回は、この歴史的なCMがどのように生まれ、どのような騒動を経て国民的商品を作り上げていったのか、当時を知る世代の記憶とともに振り返ります。
1. 「おしりだって、洗ってほしい。」というコピーの衝撃
このキャッチコピーを手掛けたのは、「コピーライターの神様」とも呼ばれた仲畑貴志さんです。開発担当者が絵の具を手に付け、紙で拭いても落ちないが水で洗えば簡単に落ちる様子を見せ、「おしりも同じ」と説明したことがヒントになったと伝えられています。当時「おしり」という単語は公共の電波に乗せるにはあまりにも直接的な表現であり、仲畑さん自身も企画段階でTOTOの社長に「おしり」という言葉を使ってよいかどうかを確認したというエピソードが残っています。
わずか15秒から30秒という短いCM尺の中で、視聴者の記憶に強く残る言葉を届けるのは簡単なことではありません。短いフレーズであっても画面に注目させる「何か」が必要とされる中、白羽の矢が立ったのが戸川純さんでした。
2. 戸川純さんという唯一無二の存在感
戸川純さんは、独特のハスキーボイスと間の取り方によって、言葉を発するだけで視聴者の視線を釘付けにする不思議な存在感を持つ女優・歌手でした。当時、劇団での活動を経て芝居の世界に身を置いていた戸川純さんは、1982年6月にはバンド「ゲルニカ」でアルバムデビューも果たしており、女優業と音楽活動を並行して行う多才な人物として注目を集め始めていた時期でもあります。
このCMでは、戸川純さんならではの浮世離れした雰囲気が「おしりだって、洗ってほしい。」という直接的な言葉の生々しさを和らげ、視聴者に強烈な印象だけを残すことに成功しました。単なる商品説明ではなく、一種のキャラクターとして記憶される表現になった点が、このCMの大きな特徴だといえるでしょう。
3. あえて選ばれた「夜7時台」という放送時間帯
TOTOの宣伝担当者は、このCMをあえて夜7時過ぎ、多くの家庭が夕食を囲んでいる時間帯に集中して放送するという戦略を取りました。食卓を囲む団らんの時間に「おしり」という言葉が流れることで、より強く印象付けようという狙いがあったとされています。
しかし、この戦略は狙い通りの効果と同時に、想定を超える反発も招くことになりました。
4. 放送直後に殺到した抗議の電話
CMが放送されると、TOTOの宣伝課には視聴者からの抗議電話が一斉に鳴り始めました。「飯を食っている時間に便所の宣伝とは何だ」という趣旨の激しい苦情が次々と寄せられたといいます。
宣伝の責任者は自ら電話に出て、「食事も排泄も同じように尊い行為であり、暮らしを快適にする商品を自信と誇りを持って作っている」という趣旨の説明を根気強く続けました。部下たちも同様に、掛かってくる抗議に一件ずつ丁寧に対応を重ねていったといいます。地道な説明を続けた結果、放送開始から一月ほど経つと、抗議の電話は次第に収まっていきました。
5. 「ウォシュレット」という名前の由来
ウォシュレットという商品名は、当時TOTOの宣伝課長であった重岡洋昭さんによって考案されたと伝えられています。「これからはおしりを洗う時代です、さあ洗いましょう」と呼びかける「レッツ・ウォッシュ」を逆さにしたことばに由来するというユニークな逸話が残っています。
ソニーの「ウォークマン」と同じように、いまや温水洗浄便座そのものの代名詞として使われることが多い「ウォシュレット」ですが、実際にはTOTOの登録商標です。CMのインパクトと商品名の浸透力が相まって、温水洗浄便座といえばウォシュレットという図式が国民の間に定着していきました。
6. 大ヒットへとつながった普及の歩み
このCMによって「おしりを洗う」という商品コンセプトの存在は一気に世間に知れ渡りましたが、実際に使用する家庭が広がるまでにはさらに時間を要しました。普及率がある程度の水準に達するまでには、CM放送から十年以上の年月がかかったともいわれています。それでも、口コミによる評判の広がりや商品自体の快適さへの評価が徐々に浸透し、温水洗浄便座は着実に一般家庭へと広まっていきました。
その後もTOTOは「人の、おしりを洗いたい。」「やっぱり、おしりは締まり屋さん。」といった第二弾以降のコピーを展開し、戸川純さんが引き続きCMキャラクターとしてイメージを広げていきました。こうした継続的な宣伝活動の積み重ねが、温水洗浄便座を日本の生活に欠かせない設備へと押し上げる原動力となったのです。
7. 昭和のテレビ文化とタブーへの挑戦
昭和の時代のテレビCMには、令和の現在からは考えられないような大らかさと、同時にタブーへの厳しい視線が同居していました。「おしり」という言葉一つでこれほどの反響を呼んだという事実は、当時の社会がいかに直接的な表現に対して敏感であったかを物語っています。
一方で、そうしたタブーに正面から向き合い、根気強く説明を尽くすことで理解を広げていったTOTOの姿勢は、単なる話題作りにとどまらない企業としての誠実さを感じさせるエピソードでもあります。困難な反応を乗り越えてこそ、後の国民的商品としての地位を築くことができたのだといえるでしょう。
8. 現代の生活に根付いたウォシュレットという存在
あれから40年以上が経過したいま、温水洗浄便座は多くの一般家庭に当たり前のように設置される設備となりました。海外からの旅行者が日本のトイレ環境に驚きの声を上げる場面もしばしば見られ、国内にとどまらず海外のホテルなどでも採用が進んでいます。
「おしりだって、洗ってほしい。」という一言から始まった小さな挑戦が、時代を超えて日本の生活文化そのものを変えてしまったという事実は、昭和のCM史を振り返るうえで欠かせない存在感を放っています。当時テレビの前でこのCMに衝撃を受けた世代にとって、この言葉は今でも鮮明な記憶として残っているのではないでしょうか。
🔗 関連まとめ & 5サイト横断リンク
この記事とあわせて読みたい昭和ネタ
古き良き昭和の懐かしい話をもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。
