昭和後期のCMあるある~「24時間、戦えますか。」(三共・リゲイン / 1989年)
昭和の終わり、バブル期絶頂の猛烈サラリーマンを象徴するテーマソング。牛若丸三郎太(時任三郎さん)の姿とともに、みんなが口ずさみました。
※現代ではハラスメント、コンプライアンス違反、過労死の原因になります。
「24時間、戦えますか。」──このフレーズを聞くと、黄色と黒のパッケージや軍歌調のメロディー、そして無表情でビジネスバッグを抱える時任三郎さんの姿を思い出す方も多いのではないでしょうか。1989年、三共(現・第一三共ヘルスケア)の栄養ドリンク「リゲイン」のCMで使われたこのキャッチコピーは、バブル期絶頂の日本を象徴する言葉として社会現象になりました。今回は、このCMが生まれた背景や当時の熱狂ぶり、そして令和の今だからこそ見えてくる功罪について、じっくりと振り返っていきます。
1. 「リゲイン」誕生の背景と市場競争
リゲインは1988年6月、武田薬品工業(当時、現在はアリナミン製薬)の主力商品「アリナミンV」に対抗する形で発売された栄養ドリンクです。当時の栄養ドリンク市場は右肩上がりで成長しており、他の大衆薬や医家向け医薬品に配合されていた薬用成分「ビオタミン」をドリンク剤として初めて採用するなど、成分面でも独自性を打ち出していました。しかし市場には競合製品がひしめいており、認知度を高めるための大掛かりな仕掛けが必要とされていました。
そこで三共は、グローバル化の波に乗って世界へ進出していくビジネスパーソンをペルソナに据え、オフィスワーカー向けのかなり尖ったコンセプトで商品開発を進めます。その一環として生まれたのが、のちに社会現象となる「24時間、戦エマスカ。」というキャッチコピーでした。
2. 牛若丸三郎太と時任三郎さんが体現した猛烈サラリーマン
1989年からは、俳優の時任三郎さんが「牛若丸三郎太」というキャラクターに扮したCMの放送が始まりました。無表情でロボットのように働くビジネスマンを演じた時任三郎さんの姿は強烈なインパクトを残し、リゲインの売れ行きは一気に急伸します。
実はこのCMを演出した黒田秀樹氏によると、働きすぎのビジネスマンをシニカルに、いわば皮肉を込めてデフォルメして描いたつもりだったといいます。時任三郎さんの表情をあえて冷たく無表情にしたのも、その演出意図によるものでした。しかし結果として、多くの視聴者には皮肉としてではなく「猛烈サラリーマンへの熱い応援歌」として受け止められることになったのです。
3. CMソング「勇気のしるし」の大ヒット
1989年5月末からこのCMソング「勇気のしるし〜リゲインのテーマ〜」を使ったCMが放送されると、フレーズは爆発的に流行します。同年11月22日には牛若丸三郎太名義でシングルCDがリリースされ、オリコンシングルランキングTOP10入り、累計60万枚以上を売り上げる大ヒットとなりました。企業の運動会などでもこの曲が流されるほどの浸透ぶりで、まさに時代を象徴する一曲となったのです。
余談ですが、テレビ番組『歌のトップテン』でTOP10入りした際、時任三郎さんは「鞍馬山で修行中」という役柄設定を理由に出演を辞退しています。それでも「一度は生歌で聴きたい」というファンの声に押され、『夜のヒットスタジオSUPER』に突如出演し、牛若丸三郎太として一度だけ生歌を披露したというエピソードも語り継がれています。
4. 新語・流行語大賞にも選ばれた社会現象
「24時間戦えますか」は1989年の第6回新語・流行語大賞で流行語部門・銅賞を受賞しました。同時期には中外製薬(当時)の栄養剤「グロンサン」のキャッチコピー「5時から男」も話題になっており、この2つのフレーズは対をなす形でバブル期日本のサラリーマン像を表現していたと言われています。
また『広告批評』1989年12月号では、リゲインのCMがその年の広告ベストテンで2位に選ばれるなど、業界内でも高く評価されました。「軍歌まがいの行進曲、サイバーパンクを盛り込んだあざとい画面が、マシン化したジャパニーズビジネスマンを強調する」といった評も残されており、当時の広告表現としても異彩を放っていたことがうかがえます。
5. 「24時間働け」という意味ではなかった?三共側の真意
興味深いのは、三共自身がこのフレーズについて「24時間働くという意味ではなく、オンとオフを使い分けて戦おうというメッセージを込めた」と説明していた点です。1989年当時の週刊誌の取材でも、担当者は「仕事も遊びも含めて24時間、いかに充実した生活ができますかということ」と語り、若い世代にはそのニュアンスが伝わっていたとも述べています。しかし世間一般には、昼夜を問わず働き続けることを美徳とするフレーズとして広く記憶されることになりました。
6. バブル崩壊後、CMコンセプトの転換
このCMが放送されていた1989年前後は、奇しくもバブル経済が終焉へ向かい始めた時期でもありました。バブル崩壊後の不況が慢性化する中で、リゲインのCM自体も方向転換を迫られます。1991年には全く違うメロディー・歌詞・女性ボーカルによる新バージョンの「勇気のしるし」が発表されましたが、旧バージョンの方が親しまれていたためか、結局は元の形に戻されています。
さらに時代が進むと、リゲインのCMには坂本龍一さんのピアノ曲「energy flow」を起用した静謐な路線への転換が見られました。佐藤浩市さんが演じるサラリーマンが電柱や銅像にぶつかったり、下車駅を乗り過ごしたりする様子を描いたCMも放送され、「24時間戦えますか」の熱血路線とは正反対の、当時の世相を反映した表現へと変化していったのです。
7. 令和における評価の変化と再ブレイク
2018年、第一三共ヘルスケアの担当者は「今では働き方改革が叫ばれ、ブラック企業という言葉も生まれた。『24時間戦えますか』は、死語になった」と振り返っています。現在の労働基準法やコンプライアンス、過労死防止の観点から見ると、このフレーズは長時間労働やハラスメントを助長しかねない表現として扱われることが一般的です。実際、後年発売されたエナジードリンク版のCMでは「3、4時間くらい戦えますか」というゆるいコピーに変更されるなど、時代に合わせたアップデートが行われました。
一方で興味深いのは、この曲が令和になって思わぬ形で再注目されたことです。人気漫画・アニメ『ダンダダン』に登場するキャラクターが、本気を出すと「勇気のしるし」を口ずさむ演出が話題となり、当時を知らない若い世代にもこの曲の存在が広まりました。時代を超えて語り継がれる楽曲としての側面も、このCMソングの大きな魅力と言えるでしょう。
8. ゲームや他メディアにも影響を与えたキャッチコピー
「24時間戦えますか」という言葉は広告の枠を超え、さまざまなメディアにも影響を残しました。1991年には家庭用ゲーム機のメガドライブ向けに、牛若丸三郎太を主人公にしたロールプレイングゲームの開発が進められていたことがあり、ゲーム雑誌にも画面写真が掲載されていました。残念ながらこちらは発売には至らなかったようですが、当時のキャラクター人気の高さがうかがえるエピソードです。
また2008年には、プレイステーション3専用ソフトとして発売された人気アクションゲームに、ゲーム内アイテムとして「リゲイン24」が登場したこともあります。主人公が飲むと体力と気力が回復するというアイテム設定で、栄養ドリンクとしてのブランドイメージがゲームの世界にまで浸透していたことがわかります。こうした事例からも、「24時間戦えますか」というフレーズやリゲインというブランドそのものが、単なる商品広告の枠を超えて一つの文化的アイコンとなっていたことが感じられます。
9. まとめ
「24時間、戦えますか。」は、単なる栄養ドリンクのキャッチコピーにとどまらず、昭和の終わりからバブル期にかけての日本社会の空気そのものを映し出した言葉でした。猛烈に働くことが美徳とされた時代の象徴である一方、現代の価値観では見直すべき労働観として語られることも多くなっています。当時を知る世代には懐かしさとともに、今の働き方との違いを改めて考えさせられるフレーズと言えるのではないでしょうか。
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