タイトル:ピッカピカの一年生とは?小学館の名物CMシリーズを昭和世代が振り返る

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昭和後期のCMあるある~「ピッカピカの一年生」(小学館・学習雑誌 )

 全国の個性的な新一年生たちをカメラで捉えたシリーズ。無邪気な笑顔とあの独特のメロディは、春の風物詩でした。

春になるとどこからともなく聞こえてきた、あの独特なメロディを覚えている方は多いのではないでしょうか。「ピッカピカの一年生」は、小学館の学習雑誌『小学一年生』が展開したテレビCMシリーズで、全国各地の新一年生を起用した無邪気な表情と方言交じりのコメントが視聴者の心をつかみました。今回は、このCMがどのように生まれ、なぜ長年にわたって春の風物詩として親しまれてきたのかを振り返ります。

1. 「ピッカピカの一年生」とはどんなCMだったのか

「ピッカピカの一年生」は、小学館の学習雑誌『小学一年生』のテレビCMシリーズです。1978年(昭和53年)に放送が始まり、その後十数年にわたって続いた長寿シリーズとして知られています。北は北海道から南は沖縄まで、全国津々浦々の新一年生をカメラマンが訪ね歩き、その土地ならではの方言や表情、飾らないコメントをそのまま収録するというスタイルが特徴でした。

このCMのすごいところは、子役タレントやオーディションで選ばれた「見せるための顔」を使わなかった点にあります。カメラを向けられて照れる子、恥ずかしくて下を向いてしまう子、逆に張り切って早口でまくし立てる子など、演出された笑顔ではなく子どもたちの素の反応をそのまま切り取った映像が流れました。標準語に矯正されることなく、その土地の言葉のまま話す姿も含めて「地方色」がそのまま魅力になっていたことは、当時としては非常に珍しいアプローチだったといえるでしょう。放送される時期も入学シーズンである春にほぼ限定されており、桜の開花とともに「ピッカピカの一年生」が流れ始めると、視聴者は「もうすぐ新学期だ」と季節の移り変わりを感じたものでした。

2. CM誕生の背景と制作の舞台裏

このCMを手がけたのは、電通のCMプランナーとして知られる杉山恒太郎さんです。杉山さんは著書の中で、全国から個性の強い子どもを探して撮影して回った当時の様子を明かしており、方言や欠点こそが子どもの魅力になるという考え方のもとで制作が進められたと語られています。撮影スタッフは何百人もの子どもたちに実際に会い、台本通りのセリフを言わせるのではなく、自然な会話の中から生まれる言葉をすくい上げるという手間のかかる手法をとっていました。

制作会社は太陽企画が担当し、広告主である小学館とともに、演出のあり方を大切にしながら作品づくりが行われました。撮影から編集まで、一人ひとりの子どもの個性を丁寧に見極める姿勢は、単なる商品広告の枠を超えたドキュメンタリー的な要素も含んでいたといえます。こうした地道な制作の積み重ねが評価され、作られたCMは後にACC東京クリエイティビティアワードなどの広告賞を受賞し、CM殿堂入りを果たすなど、広告史に残る作品として高く評価されています。杉山さんは後年、この撮影経験をまとめた書籍も出版しており、その中では植田正治さんやスティーブ・ジョブズなど、さまざまな一流の人物から学んだという創作哲学にも触れられています。

3. 全国の新一年生を起用した理由と魅力

1970年代から80年代にかけては、テレビ広告の表現がとても豊かになった時期で、「広告の黄金時代」とも呼ばれていました。企業のイメージ広告や情緒に訴えるCMが数多く生まれた時代の中で、「ピッカピカの一年生」は芸能人ではなく、全国各地に暮らす一般の子どもたちを主役に据えるという発想で作られています。

標準語ではない素朴な話し方や、緊張しながらもカメラに向かって将来の夢を語る姿は、視聴者に懐かしさと温かさを同時に感じさせるものでした。都会に住む視聴者にとっては、見たことのない田舎の風景や方言が新鮮に映り、逆に地方に住む視聴者にとっては、自分たちの暮らす土地が全国放送のCMに登場することへの誇らしさがあったといわれています。この「全国どこであっても、そこに暮らす子どもたちの姿こそが主役になり得る」という視点は、当時としては珍しく、それゆえに強く記憶に残るCMとなったと考えられます。子どもの飾らない発言がそのまま笑いを誘う場面も多く、視聴者から「今年はどんな子が出てくるのだろう」と毎年楽しみにされる存在にもなっていきました。

4. あの独特なメロディが記憶に残る理由

「ピッカピカの一年生」というフレーズと共に流れるメロディも、このCMの大きな魅力のひとつです。シンプルで覚えやすい旋律に乗せて「ピッカピカの一年生」と繰り返されるフレーズは、当時の子どもから大人まで自然と口ずさめるものでした。テレビの前で親子一緒に口ずさんだという記憶を持つ方も少なくないでしょう。

このフレーズは社会にも深く浸透しており、当時人気を誇ったバラエティ番組『8時だョ!全員集合』では、ザ・ドリフターズの加藤茶さんと志村けんさんがこのCMをネタにしたコントを披露していたことでも知られています。加藤さんが問いかけ、志村さんが答えるやり取りの中で「ピッカピカの~一年生」と二人で唱和する場面は、当時の子どもたちの間でも真似され、ちょっとした社会現象になっていました。ランキングサイトのgooランキングが実施した「秀逸すぎた昭和の懐かしCMフレーズ」調査では、このフレーズが堂々の1位に選ばれています。ちなみに2位は「亭主元気で留守がいい」、3位は「私はコレで会社を辞めました」だったそうで、それらと肩を並べるほど、このフレーズがいかに強い印象を残したかがうかがえます。これほど長期間にわたり人々の記憶に残り続けたキャッチフレーズは、CMの歴史の中でも珍しい存在といえるでしょう。

5. 平成・令和における「ピッカピカの一年生」の復活

「ピッカピカの一年生」のテレビCMは平成に入ってからも継続されましたが、その後しばらく休止していた時期がありました。長らくCMが姿を消していたこともあり、当時を知る世代の間では「あのCMはもう見られないのか」と惜しむ声も少なくなかったようです。

そして2019年、約25年ぶりにCMが復活し、大きな話題を呼びました。この復活版では、CMソングを元チャットモンチーの橋本絵莉子さんが担当しています。橋本さん自身の息子さんも当時ちょうど小学一年生になるタイミングだったこともあり、思い入れのこもった歌声が話題となりました。翌年以降は桐谷健太さんや広末涼子さんといったアーティストが歌唱を引き継いでおり、それぞれのメッセージの中で、子どもたちの輝きから元気をもらっているという思いが語られています。令和になった現在も、全国から集まった新一年生をカメラにおさめるという原点は変わらず受け継がれており、テレビだけでなくYouTubeやSNSでも公開されるなど、発表の形を変えながら世代を超えて愛されるCMシリーズであり続けています。

6. まとめ

「ピッカピカの一年生」は、単なる学習雑誌の広告にとどまらず、昭和から続く春の風物詩として日本人の記憶に深く刻まれたCMシリーズです。全国の子どもたちのありのままの姿を追い続けた制作陣の工夫と、耳に残るメロディが組み合わさったことで、長年にわたり多くの人に愛され続けてきました。ドリフターズのコントに取り上げられるほど社会に浸透し、平成を経て令和になった今も形を変えながら受け継がれているこのシリーズは、これからも新しい一年生たちの笑顔を届けてくれることでしょう。あの懐かしいメロディを思い出しながら、今年もどんな子どもたちが登場するのか、楽しみにしてみてはいかがでしょうか。


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