昭和の日常だった「野良犬」という恐怖。追いかけられたあの日の記憶と、姿を消した本当の理由

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昭和あるある
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昭和後期あるある~野良犬が普通にその辺を歩いている

通学路に「地域の犬」みたいな野良犬(または放し飼いの犬)がいて、たまに追いかけられてガチで逃げる。

昭和後期、私たちの日常には当たり前のように「野良犬」が存在していました。

今の整然とした住宅街からは想像もつきませんが、当時の通学路はまさにサバイバル。角を曲がれば犬が寝そべり、運が悪ければ「ガチで追いかけられる」という恐怖体験が、子供たちの日常茶飯事だったのです。

今回は、昭和世代なら誰もが一度は経験したであろう「野良犬あるある」を振り返りつつ、なぜ彼らが姿を消したのか、その歴史的背景を紐解きます。


1. 通学路の支配者。昭和の野良犬「あるある」エピソード

昭和40年代〜50年代、犬の飼育環境は今とは180度異なりました。

「地域の犬」という絶妙な立ち位置

特定の飼い主がいるのかいないのか判然としない、いわゆる「半野良」「放し飼い」の犬がどこにでもいました。近所の肉屋で残り物を貰い、空き地で昼寝をし、夕方になると子供たちの通学路に現れる。彼らはある種の「地域の構成員」として君臨していました。

目を合わせたら最後。「ガチ逃げ」の放課後

野良犬との遭遇において、最大のタブーは「目を合わせること」「走ること」でした。 しかし、子供の心理として、唸り声を上げている犬を前に平然と歩くのは至難の業。つい小走りに走り出し、犬の本能に火をつけてしまうのです。

  • ランドセルを盾にする: 追いかけられた際、背中のランドセルを盾にして防御。
  • 石を投げるフリ: 当時の知恵として「石を拾って投げる構えをすれば犬は逃げる」という定説がありましたが、逆上されるリスクも高い諸刃の剣でした。
  • 電柱に登る: 実際に登れるわけではないのに、必死に高いところへ逃げようとした経験を持つ人も多いはず。

昭和の犬は「デカかった」

現在のペットブームで主流のトイプードルやチワワといった超小型犬は、当時の屋外には皆無でした。いたのは、シェパードの血が混ざったような雑種や、がっしりした体格の中型犬ばかり。子供の視点から見れば、それは「猛獣」そのものでした。


2. なぜあんなに野良犬がいたのか?飼育モラルの変遷

なぜ昭和の町には、あんなにも自由に歩き回る犬たちがいたのでしょうか。

「放し飼い」が黙認されていた時代

当時は「犬は外で飼うもの」という意識が強く、首輪を付けていても鎖に繋がず、自由に散歩(徘徊)させている飼い主が少なくありませんでした。また、去勢・避妊手術の普及率も低く、望まない繁殖によって生まれた子犬が捨てられ、それが野良犬化するという負のループが存在していました。

狂犬病予防法と現実のギャップ

1950年に「狂犬病予防法」が施行され、登録や予防注射、抑留(捕獲)が義務付けられてはいたものの、昭和後期においても地方や住宅街の端々までは管理が行き届いていないのが実情でした。


3. 野良犬が姿を消した「転換点」

あれほど日常風景に溶け込んでいた野良犬たちは、いつ、どのようにして姿を消したのでしょうか。

保健所による徹底した捕獲

昭和50年代から60年代にかけて、自治体による野良犬の捕獲(抑留)が強化されました。いわゆる「犬捕り」の車が町を巡回し、野良犬を徹底的に排除していきました。これには、公衆衛生の向上と、狂犬病の再発防止という強い目的がありました。

飼い主の意識改革と「室内飼い」の普及

1973年(昭和48年)に施行された「動物の愛護及び管理に関する法律」により、飼い主の責任がより明確化されました。平成に入る頃には、犬は「外で飼う番犬」から「家族の一員(コンパニオンアニマル)」へと変化し、室内飼育が推奨されるようになったことで、外を徘徊する犬は物理的に姿を消しました。

住宅環境の変化

空き地や裏山が切り開かれ、分譲住宅やマンションが立ち並ぶことで、野良犬たちの「隠れ家」や「餌場」が消失したことも大きな要因です。


4. 昭和の野良犬文化が残したもの

今、子供が道端で犬に追いかけられるという事態が発生すれば、ニュースになるほどの事件です。しかし、昭和の子供たちは、その恐怖体験を通じて「動物との距離感」や「予測不能な事態への対処法」を肌で学んでいた側面もありました。

もちろん、野良犬による咬傷事故や狂犬病のリスクを考えれば、現在の管理された環境の方が圧倒的に安全で望ましいのは言うまでもありません。

【コラム:昭和の犬あるある】

  • なぜかいつも「茶色い雑種」だった。
  • 首輪がついているのに、なぜか一人で商店街を歩いている。
  • 工事現場の土管の中が、野良犬のシェアハウスになっていた。
  • 「狂犬病予防接種」の赤いアルミプレートが玄関に貼ってある家は、高確率で吠えられる。

5. まとめ:恐怖と隣り合わせの「自由」な時代

昭和後期の通学路にいた野良犬たちは、高度経済成長から成熟期へと向かう日本において、まだ少しだけ残っていた「管理しきれない野生」の象徴だったのかもしれません。

ランドセルを揺らしながら、心臓をバクバクさせて駆け抜けたあの放課後。 今となっては笑い話ですが、あの時感じた「本気の恐怖」は、昭和を生き抜いた世代だけが共有できる、切なくも強烈なノスタルジーと言えるでしょう。

現在の安全な通学路を歩く子供たちを見守りながら、ふと「あの茶色のデカい犬、どこへ行ったのかな」と思いを馳せる。それもまた、昭和生まれの密かな愉しみかもしれません。


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