はじめに──あのUHFダイヤルを覚えていらっしゃいますか?
昭和後期あるある~テレビに「UHF」の専用ダイヤルがある
メインのチャンネル(VHF)とは別に、地方局などを見るための「UHF」という別のダイヤルがついていて、合わせるのが微妙に難しい。我が家ではUチャンネル(Uチャン)と呼んでいました。
テレビのチャンネルを回すとき、メインのダイヤルは「カチッ、カチッ」と小気味よい音を立てて切り替わります。しかしその隣にあるもうひとつの小さなダイヤルは様子が違いました。ぐるぐると回しながら、画面を見ながら、微妙な角度を探って合わせなければ、映像がうまく映らない──。
昭和後期にテレビのある家庭で育った方なら、この「UHF」と書かれた専用ダイヤルの存在を覚えていらっしゃるのではないでしょうか。我が家では「Uチャンネル」「Uチャン」と呼んでいた、というご家庭も多いことと思います。メインのVHFチャンネルとは別に存在したこのダイヤルは、独立した地方局を見るための入り口でありながら、合わせるのが妙に難しいという特徴を持っていました。
本記事では、なぜテレビにUHF専用のダイヤルが存在し、なぜそれが合わせにくかったのか、その技術的な背景を詳しく振り返ってまいります。
第1章 VHFとUHF、二つの電波の違い
テレビ放送に使われていた二つの周波数帯
昭和の地上アナログテレビ放送では、VHF(超短波、Very High Frequency)とUHF(極超短波、Ultra High Frequency)という、二つの異なる周波数帯の電波が使われていました。
VHFは1チャンネルから12チャンネルまでが割り当てられており、NHKと広域民放(全国ネットの主要な民放局)の放送に使われていました。一方のUHFは13チャンネルから62チャンネルまでが割り当てられ、主に独立放送局、いわゆる地方チャンネル・地方局の放送に使われていました。
東京都の東京MX、千葉県の千葉テレビ(チバテレ)、神奈川県のテレビ神奈川(TVK)、兵庫県のサンテレビジョン(サンテレビ)といった、広域民放とのネットワーク関係を持たず、特定の都府県とその周辺をエリアとする独立局が、このUHF波を使って放送を行っていたのです。
異なる二つのアンテナが必要だった時代
VHFとUHFは周波数帯が大きく異なるため、それぞれの電波を受信するためのアンテナの形状も異なっていました。VHFアンテナは比較的幅の広い形状で、UHFアンテナはより細身の形状をしており、専門家の間では「VHFアンテナはヒラメ、UHFアンテナはサンマ」と例えられることもあるほど、見た目に違いがありました。
そのため独立局(地方チャンネル)を受信できるエリアの家庭では、屋根の上にVHFアンテナとUHFアンテナの両方を設置する必要がありました。テレビ本体にUHF専用のダイヤルがあったのは、こうした「VHFとUHFは別系統の電波である」という放送方式の違いを反映したものだったのです。
第2章 なぜUHFダイヤルは「合わせにくい」のか
VHFの固定選局とUHFの連続可変の違い
VHFチャンネルのダイヤルが「カチッ、カチッ」と小気味よく切り替わったのに対し、UHFダイヤルが合わせにくかったのには、技術的な理由がありました。
VHFは1チャンネルから12チャンネルまでという限られた範囲の周波数帯であり、各チャンネルがあらかじめ固定の位置にプリセットされている「クリック選局」方式が一般的でした。ダイヤルを回すと、あらかじめ決められたチャンネルの位置でカチッと止まる仕組みです。
一方のUHFは13チャンネルから62チャンネルまでと、VHFに比べて非常に広い周波数帯をカバーしていました。この広い範囲を一つのダイヤルでカバーするため、UHFのチャンネル選択は連続的に周波数を変化させる「連続可変」方式が採用されることが多く、目盛りに合わせて手動で細かく調整する必要がありました。
「微妙な角度」を探す作業
UHFダイヤルを回すとき、目的のチャンネルの大まかな位置はわかっていても、画面が最も鮮明に映る「ジャストの位置」を見つけるには、わずかな角度の調整が必要でした。少しでもずれると画面にノイズが入ったり、映像が不鮮明になったりするため、画面を見ながらダイヤルを微調整するという作業が必要だったのです。
「ここかな」「いや、もう少し」「あ、ちょっと行き過ぎた」と、画面を確認しながら指先でじりじりとダイヤルを動かす。この感覚は、VHFのカチッとした固定選局とは全く異なる、UHFダイヤルならではの体験でした。
子どもが「メカ担当」になる場面も
このUHFダイヤルの微調整は、家庭によっては特定の人が担当する「役割」になっていたこともあったのではないでしょうか。手先が器用な子どもや、根気強く合わせられる人がUHFダイヤルの調整を任され、「ちょっと右」「もうちょい」と家族から指示を受けながら画面を整える、という昭和の家庭の一コマも想像に難くありません。
第3章 なぜVHFとUHFで放送局が分かれていたのか
限られたVHF帯域という事情
VHFチャンネルが1から12までしかなかったのに対し、なぜUHFには13から62までという広い帯域が割り当てられていたのでしょうか。これは、放送局の数が増えるにつれて、最初に割り当てられたVHF帯だけでは周波数が足りなくなったという事情によるものでした。
そこで新たに13チャンネルから62チャンネルまでのUHF帯が割り当てられ、主に地方のテレビ局などがこれを使用するようになりました。VHFで先に開局していた広域民放との混信を避けるためにUHFで開局せざるを得なかった放送局も存在し、地域によっては独立放送局以外にも広域民放の系列局がUHFを使用していたケースもあります。
全国ネットと地方チャンネルという放送の住み分け
NHKと広域民放がVHFを使い、独立放送局がUHFを使うという構図は、結果として「全国ネットの番組を見るならVHF」「その地域独自の番組を見るならUHF」という住み分けを生み出していました。
UHFの独立局では、広域民放では放送されないアニメの再放送や、ローカル色の強い番組、深夜に放送される独自編成の番組などが流れることが多く、UHFダイヤルを苦労して合わせてでも見たい番組がある、という視聴者も少なくありませんでした。
第4章 「Uチャン」という愛称が生まれた背景
家庭ごとに異なる呼び方
ご家庭で「Uチャンネル」「Uチャン」と呼ばれていたというのは、多くの昭和の家庭で見られた、ごく自然な略称の付け方だったのではないでしょうか。正式には「UHF」という英語の略語ですが、子どもにとっても言いやすく覚えやすい「Uチャン」という呼び方が、家庭内の通称として定着していったものと考えられます。
このような略称や愛称は、家庭やその土地によって微妙に異なっていた可能性があります。「U局」「Uテレビ」など、似たような呼び方のバリエーションも各地に存在していたかもしれません。
「ちゃんと映らない」ことが生んだ独特の存在感
UHFダイヤルが簡単には合わせられないという特性は、ある意味でこのチャンネルに独特の存在感を与えていたとも言えます。VHFのようにカチッと簡単に切り替えられるのではなく、ひと手間かけてようやく見られる。その「ひと手間」が、UHFで見る番組への特別な思い入れを生み出していた面もあったのではないでしょうか。
「せっかく頑張って合わせたんだから」という気持ちで、苦労して映した番組をより集中して見ていたという方もいらっしゃるかもしれません。
第5章 UHFダイヤルが姿を消した理由
地上デジタル放送への完全移行
UHF専用ダイヤルが必要だった時代は、地上デジタル放送への移行によって終わりを迎えました。日本では2003年(平成15年)12月1日に地上デジタル放送が開始され、アナログ放送との並行期間を経て、2011年(平成23年)7月24日正午にアナログ放送が完全に終了しました(東日本大震災の影響を受けた一部地域は2012年3月31日まで延長)。
地上デジタル放送では、NHK・広域民放・地方チャンネルのすべてが統一的にUHF波(470MHzから710MHz程度)を使用するようになりました。これにより、かつてのような「VHFとUHFで別々のダイヤルを使う」という必要性そのものがなくなったのです。
リモコンのボタン選局という変化
地デジ化とともに、テレビの選局方法もダイヤル式から、リモコンのボタンを押すだけのデジタル選局へと完全に切り替わりました。チャンネルごとに割り当てられた数字ボタンを押すだけで、瞬時に正確なチャンネルに切り替わる現代の仕組みは、かつてのダイヤルを手で微調整していた時代とは全く異なる体験です。
「合わせる」という動作そのものが過去のものとなり、UHFダイヤルを苦労して回した記憶は、完全にアナログ放送時代特有のものとして昭和・平成初期の記憶に刻まれることになりました。
まとめ──手探りで合わせたUチャンネルの記憶
VHFのカチッとした固定選局とは違い、画面を見ながら微妙な角度を探って合わせなければならなかったUHFダイヤル。我が家で「Uチャンネル」「Uチャン」と呼ばれていたあのダイヤルは、地方局・独立放送局という、全国ネットとは異なる魅力的な番組編成への入り口でした。
VHFとUHFという二つの異なる周波数帯、固定選局と連続可変選局という技術的な違いが、あの「合わせにくさ」を生み出していました。そしてその苦労があったからこそ、ようやく映ったときの満足感もひとしおだったのではないでしょうか。
地上デジタル放送への移行によって、あのダイヤルを回す体験は完全に過去のものとなりました。それでも、画面を見ながら指先でじりじりとダイヤルを動かしたあの感覚は、昭和のテレビ視聴文化を象徴する、懐かしい記憶として多くの方の心の中に残り続けているのではないでしょうか。
本記事は昭和のテレビ放送・受信文化に関する歴史的・文化的記録を目的としています。記載の情報は執筆時点での各種資料に基づくものです。
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