「博多ぶらぶら〜ぶら下げて〜」が頭から離れない──昭和の福岡ローカルCMが刻んだキャラクターの記憶

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昭和あるある
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はじめに──あのCMを一度でも見たら忘れられない

昭和後期あるある~「博多ぶらぶら」のCMのインパクト

「博多〜ぶらぶらぶら下げて〜」という軽快な歌に合わせて、奇妙なキャラクターが踊る映像が脳裏にこびりついている。

「博多〜ぶらぶら〜ぶら下げて〜」──このフレーズを聞いてピンとくる方は、昭和後期に福岡・九州で育った方か、福岡にゆかりのある方ではないでしょうか。

八の字眉毛と垂れ目が特徴的な、ゆるい顔つきの着ぐるみキャラクターが、お囃子のような軽快なメロディーに合わせてふらふらと踊る。たった数十秒のテレビCMなのに、一度見たら脳裏にこびりついて離れない。「博多ぶらぶら」のあのCMは、福岡県民なら誰もが一度は目にしたことがあると言われる、昭和が生んだ伝説的なローカルCMです。

子どもの頃にあのCMを見て「なんか変だけど、なぜか気になる」と感じた方、テレビから流れてくる歌を自然に口ずさんでいた方、そして「あのキャラクターは一体なんなんだろう」と不思議に思っていた方──本記事では、「博多ぶらぶら」のCMが持つ魅力と、その誕生の背景、そして昭和のローカルCM文化を詳しく振り返ってまいります。


第1章 「博多ぶらぶら」とはどんなお菓子なのか

求肥を小豆で包んだ一口サイズの和菓子

「博多ぶらぶら」は、博多菓匠「左衛門」(本社:福岡県古賀市)が製造・販売する博多を代表する和菓子のひとつです。求肥(ぎゅうひ)を小豆で包んだ一口サイズの和菓子で、ほんのり塩味の利いた上品なこしあんが特徴とされています。

「赤福餅のような商品を目指して10年をかけて開発された」という逸話が残っており、1974年(昭和49年)に発売されました。発売から半世紀以上を経た現在でも、左衛門の看板商品として福岡土産の定番の地位を守り続けています。

現在は福岡県内の高速道路サービスエリアで専用の売り場スペースが確保されていることが多く、九州自動車道の古賀サービスエリア入口には「ぶらぶら人形」の展示もあるなど、福岡を訪れる人々に広く親しまれています。

「博多ぶらぶら」という商品名の独特さ

「ぶらぶら」という言葉は、日本語で「揺れ動く様子」「目的なく歩き回る様子」などを表す言葉です。和菓子の名前としては一風変わった語感を持つこの商品名は、CMのキャラクターの動きとともに独特の語感と存在感を放っています。

商品名・キャラクター・CMが三位一体となって唯一無二のブランドイメージを作り上げているのが「博多ぶらぶら」の強みであり、昭和から令和に至るまで変わらぬ個性を保ち続けている理由でもあります。


第2章 伝説のCMはどのように生まれたのか

昭和49年に250万円をかけて制作された着ぐるみCM

「博多ぶらぶら」のテレビCMが制作されたのは、商品発売と同じ1974年(昭和49年)のことです。当時の250万円という製作費をかけて作られたこのCMは、着ぐるみのキャラクターが踊るという当時としても独創的なスタイルで制作されました。

CM制作を担当したのは、広告会社の西広(現・九州博報堂)の脇山たか子さんでした。脇山さんはイメージキャラクターと「ぶらぶら」という語を使ったCMをどうまとめるかに悩んでいたそうですが、南京玉すだれのような音楽に乗せて傘鉾を躍らせるというアイデアを思いつき、現在のCMのスタイルが生まれました。

歌詞も脇山さんが手がけており、「博多ぶらぶら ぶら下げて 餡にたっぷり包まれた はあ 一口食べれば忘られぬ」というシンプルながら耳に残る歌詞が完成しました。CMで実際に歌ったのは、中洲でバンド活動をしていた太田さんという人物だと伝えられており、子どもたちの声に合わせた高めの声で楽しそうに歌ったとの証言が残っています。

キャラクターのモデルは実在する人物と博多の伝統行事

CMで踊るキャラクターの八の字眉毛と独特の顔立ちは、実はモデルが存在します。当時専務だった田中治雄さん(後の2代目社長)が土産の菓子折りを持つ姿と、博多松囃子(はかたまつばやし)の傘鉾(かさほこ)をモデルとして、画家の豊島綱明先生が描き下ろしたものだということが伝えられています。

博多松囃子は毎年1月3日に行われる博多の伝統行事で、福岡市の無形民俗文化財にも指定されています。その行事に登場する傘鉾の造形がキャラクターの原型になっているという背景は、「博多ぶらぶら」が単なるお菓子のキャラクターにとどまらず、博多の文化と深く結びついていることを示しています。

CMの映像は当時のものをそのまま使用

発売から半世紀以上を経た現在においても、「博多ぶらぶら」のCM映像は制作当時のものがそのまま使用されていると伝えられています。昭和49年に撮影された着ぐるみの映像が令和の現代でも流れ続けているという事実は、このCMが単なる広告の枠を超えて、福岡の文化的な記憶の一部になっていることを示しているのではないでしょうか。


第3章 なぜこのCMはこれほど記憶に残るのか

「珍妙なメロディー」と「ゆるい動き」の絶妙な組み合わせ

「博多ぶらぶら」のCMが記憶に残る最大の理由は、音楽とビジュアルの独特の組み合わせにあります。南京玉すだれを思わせるお囃子的なメロディーに乗せて、着ぐるみのキャラクターがふらりふらりと前後に動く──その動きは「踊っている」というより「ぶらぶらしている」という表現がぴったりで、それが商品名の「ぶらぶら」と見事に一致しています。

西日本新聞の記事では「珍妙なメロディーに乗せて踊るテレビCM」と表現されており、その独特さが長年にわたって視聴者の印象に残り続けている理由だと言えます。

「キモカワイイ」という感覚の先駆け

現代的な言葉を使えば、「博多ぶらぶら」のキャラクターは「キモカワイイ」という感覚を体現した存在と言えるかもしれません。八の字眉毛に垂れ目、ゆるいフォルムの着ぐるみ、そしてぼんやりした表情──明確に「かわいい」とも「こわい」とも言い切れない独特の空気感が、見た人の心に引っかかりを残します。

昭和の時代には「キモカワイイ」という言葉こそ存在しませんでしたが、あのキャラクターへの反応はまさにその先駆けだったのかもしれません。「なんか変だけど気になる」「怖いようなかわいいような」という感情を引き出すデザインは、意図的であれ偶然であれ、非常に優れたコミュニケーション効果を持っていました。

耳から離れない「イヤーワーム」効果

「博多ぶらぶら ぶら下げて」という歌詞と、そのメロディーの組み合わせは、一度耳にすると頭から離れにくいという性質を持っています。現代の音楽認知科学では、このような現象を「イヤーワーム(耳の中の虫)」と呼びます。

繰り返しのリズム、シンプルで覚えやすい言葉、独特のメロディーの起伏──これらの要素が合わさって、「博多ぶらぶら」のCM曲は一度聴いたら長く記憶に残る構造を持っていました。昭和後期に育った福岡・九州の方々がこのCMを「ずっと頭に残っている」と語るのは、まさにこの効果によるものです。


第4章 昭和のローカルCM文化が持っていた力

全国ネットとは異なる「地元密着」の強さ

「博多ぶらぶら」のCMは、全国放送ではなく福岡・九州地区のローカルテレビ局で放送されてきたCMです。昭和後期の地方テレビ局のローカル枠には、その地域ならではの独特な商品・サービスのCMが数多く流れていました。

全国ネットの洗練されたCMとは異なる、地元企業が地元の視聴者に向けて作ったCMには独自の温かみと個性がありました。「このCMは地元の人しか知らない」という特別感は、地域への帰属意識と結びついており、「博多ぶらぶら」のCMが福岡・九州出身者にとって強い郷愁を呼び起こすものである理由のひとつです。

「繰り返し見る」ことで記憶に刻まれた昭和のCM

現代のようにテレビ番組を録画・配信で好きなときに見ることができなかった昭和の時代、テレビCMは番組と番組の間に繰り返し流れてくるものでした。同じCMを何十回、何百回と見るうちに、歌詞もメロディーも映像も自然と記憶に刻まれていきます。

「博多ぶらぶら」のCMを「脳裏にこびりついている」と表現する方が多いのは、幼少期から繰り返し見続けた結果として、記憶の奥深くに定着したからでしょう。現代のSNS動画広告が「一度見て忘れられる」ものも多い中、繰り返し放送されることで蓄積されていく昭和のCMの記憶の質は、現代のものとは異なる深さを持っています。

地元の誇りとしての銘菓CMという側面

「博多ぶらぶら」のCMは単なる商品広告にとどまらず、福岡という地域の個性を体現するコンテンツとして機能してきました。「このCMは福岡でしか見られない」「福岡に帰るとこのCMが流れている」という体験は、他の地域に住んでいる人が福岡に帰省するたびに「帰ってきた」という感覚と結びついていきます。

昭和のローカルCMが持っていた、こうした「地域の記憶装置」としての機能は、グローバルなコンテンツが溢れる現代においてより一層希少で価値あるものとして感じられることと思います。


第5章 令和に続く「博多ぶらぶら」の存在感

半世紀以上変わらないCMが持つ意味

昭和49年に制作されたCMが、令和の現在においても福岡のテレビで流れているという事実は、そのCMがただの広告を超えた存在になっていることを示しています。映像を更新することなく、当時の着ぐるみの映像をそのまま使い続けるという選択は、意図的であれ自然であれ、あのCMの完成度の高さを物語っています。

「変えない」ということ自体がブランドの個性になっているのが「博多ぶらぶら」のCMであり、半世紀以上前の映像が現代の視聴者にも「懐かしい」「面白い」「気になる」という感情を引き起こし続けているのは、時代を超えたコミュニケーションの力を感じさせます。

進化する商品ラインナップ

CMは変わらなくても、商品そのものは時代に合わせた進化を続けています。季節限定の「あまおう」「玉露」「紫芋」バージョンの博多ぶらぶら、パイ生地で包んだ「博多ぶらぱい」、モチモチ食感の「博多ぶらぶら饅頭」、形が可愛い「博多ぶら最中」など、定番商品を軸にしながら多彩な展開が続けられています。

変わらないCMと進化し続ける商品というバランスが、「博多ぶらぶら」ブランドの長寿の秘訣のひとつかもしれません。


まとめ──あのCMが刻んだ昭和の記憶は消えない

「博多ぶらぶら ぶら下げて──」1974年(昭和49年)に生まれたあの着ぐるみのCMは、250万円の制作費と脇山たか子さんのアイデア、豊島綱明先生が描いたキャラクター、そして博多の伝統行事・傘鉾という文化的な背景が合わさって誕生しました。

全国区ではなく福岡・九州という地域で繰り返し流れ続けたあのCMは、昭和の子どもたちの記憶の中に「なんか変だけど忘れられない」という形で刻まれ、半世紀以上を経た今でも語り継がれています。

一度聴いたら耳から離れないメロディー、八の字眉毛と垂れ目の着ぐるみのゆるい踊り──あの不思議な魅力は、昭和のローカルCM文化が生み出した宝のひとつとして、これからも福岡・九州の人々の記憶の中で生き続けることでしょう。


本記事は「博多ぶらぶら」のCMおよび昭和のローカルCM文化に関する歴史的・文化的記録を目的としています。記載の情報は西日本新聞・ソトコトオンライン等の取材記事およびWikipedia(左衛門製菓会社の項)に基づくものです。


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