はじめに──あのNGシーン集を覚えていらっしゃいますか?
昭和後期あるある~ジャッキー・チェンの映画の「NGシーン」
『プロジェクトA』や『ポリス・ストーリー』の放送後、エンドロールで流れるNGシーン(ジャッキーが本当に骨折して担架で運ばれる映像など)を見て、本物の凄みを感じる。翌日の学校で全員が椅子を使ってアクションを真似する。
『プロジェクトA』や『ポリス・ストーリー』がテレビで放送された後、エンドロールとともに流れ始めるNGシーン集。アクションの撮影に失敗して床に叩きつけられるジャッキー・チェン、スタントに失敗して苦痛に顔をゆがめる姿、スタッフが慌てて駆け寄る緊迫した映像──。
昭和後期にジャッキー・チェンの映画をテレビで観た方なら、あの本編後のNGシーン集に釘付けになった記憶をお持ちではないでしょうか。「この危険なアクションは本当に自分の体でやっているんだ」という事実を、NGシーンは何よりも雄弁に物語っていました。スタントマンも特殊効果も使わず、文字通り体を張って演じるジャッキー・チェンの姿に、子どもたちは「本物の凄み」を感じ取ったのです。
そして翌日の学校では、男子たちが椅子や机を使ってジャッキー・チェンのアクションを真似する──そんな光景が全国の教室で繰り広げられました。本記事では、昭和の子どもたちを熱狂させたジャッキー・チェン映画とそのNGシーンの魅力を、詳しく振り返ってまいります。
第1章 ジャッキー・チェンとはどんなスターだったのか
ブルース・リー以後のカンフースターとして
ジャッキー・チェンは、香港出身の世界的なアクション俳優・映画監督です。ブルース・リーの後継者として期待されながらも、当初は思うような成功を収められませんでした。しかし、深刻なカンフー映画とは異なる、コミカルな要素を取り入れたアクションコメディというスタイルを確立したことで、唯一無二のスターへと駆け上がりました。
シリアスな格闘だけでなく、ユーモアあふれる立ち回り、身の回りの道具を使った機転の利いたアクション、そして体を張った命がけのスタント──これらを組み合わせたジャッキー・チェンの映画は、それまでのカンフー映画の枠を超えた新しいエンターテインメントとして、世界中で愛されるようになりました。
日本でも絶大な人気を誇った
日本においても、ジャッキー・チェンの人気は絶大なものでした。テレビの洋画劇場枠で繰り返し放送されたことで、映画館に足を運ばない層にも作品が広く届き、特に子どもたちの間で熱狂的な支持を集めました。
『プロジェクトA』のテーマソング「東方的威風」は、日本のテレビ番組のBGMとして数多く使われ続けたこともあり、その音楽を聞くだけでジャッキー・チェンを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。日本におけるジャッキー・チェンの代表作的存在として、『プロジェクトA』は長く親しまれてきました。
第2章 『プロジェクトA』──時計台落下シーンの衝撃
1983年香港公開、日本では1984年公開
『プロジェクトA』(原題:A計劃)は、1983年に香港で公開された映画です。主演・監督・武術指導・脚本のすべてをジャッキー・チェンが手がけました。日本では1984年(昭和59年)2月25日に公開されています。
20世紀初頭のイギリス統治下の香港を舞台に、水上警察の隊長ドラゴン(ジャッキー・チェン)が、仲間とともに海賊たちに立ち向かうアクションコメディです。共演にはサモ・ハン・キンポー、ユン・ピョウという香港アクション映画を代表する顔ぶれが揃い、豪華な布陣で制作されました。
時計台から落下するという伝説のスタント
『プロジェクトA』を語るうえで欠かせないのが、時計台から落下する伝説的なスタントシーンです。悪者に追われたジャッキー・チェンが、高い時計台の上から地面へと真っ逆さまに落下するこの場面は、映画史に残る名場面として広く知られています。
時計台の高さについては諸説あり、公開当時は約25メートルとも言われましたが、現在では15メートルから18メートル程度だったとする見方もあります。いずれにせよ、相当な高さからCGもスタントダブルもほぼ使わずに落下するという、文字通り命がけのスタントでした。
ちなみに、この高所からの落下というアイデアの元ネタとして、サイレント映画時代の喜劇王ハロルド・ロイドの『要心無用』(1923年)のビルによじ登るシーンが挙げられることがあります。先人たちの体を張った映像表現の系譜の上に、ジャッキー・チェンのスタントがあったとも言えます。
第3章 『ポリス・ストーリー』──デパートのポール滑降の凄み
1985年公開、ジャッキー自身も愛する代表作
『ポリス・ストーリー/香港国際警察』(原題:警察故事)は、1985年に公開されたジャッキー・チェン監督・主演のアクション映画です。それまでの時代劇カンフーから現代劇のポリスアクションへと転換した作品であり、『プロジェクトA』と並ぶ代表作として、ジャッキー・チェン自身も自らのベスト映画の一本に挙げています。第5回香港電影金像奨で最優秀作品賞などを受賞した、評価・興行ともに大成功を収めた作品です。
香港警察の刑事チェンが、麻薬組織を相手に体を張った捜査を繰り広げるこの作品には、現代を舞台にしたダイナミックなアクションが満載でした。山の斜面の集落を車で突っ切るカーアクションなど、命知らずのスタントが次々と登場します。
電飾ポールを滑り降りる衝撃のクライマックス
『ポリス・ストーリー』で最も有名なのが、終盤のデパートでの攻防です。逃げる敵を追うジャッキー・チェンが、デパートの中央に設置された電飾の施されたポールに飛び移り、そのまま数階分を一気に滑り降りるという場面です。
割れて飛び散る電飾とともに滑り降りるこのシーンは、見る者に強烈なインパクトを与えました。ガラスや電球が砕け散る中を体一つで滑降するという、まさに体を張ったアクションの極致でした。この撮影でジャッキー・チェンが手に火傷を負ったとも伝えられており、その危険性の高さがうかがえます。
第4章 NGシーン集という「本物の証明」
映画の最後にNGシーンを流すスタイル
ジャッキー・チェンの映画の大きな特徴のひとつが、本編が終わった後のエンドロールとともに、撮影中のNGシーン(失敗シーン)集を流すというスタイルです。
アクションの撮影に失敗して床に叩きつけられる、スタントの着地に失敗する、痛みに顔をゆがめる、そして撮影スタッフが慌てて駆け寄る──こうした撮影現場のリアルな映像が、コミカルな音楽とともに次々と映し出されます。例えば『ポリス・ストーリー』のNGシーン集には、頭から落下したジャッキー・チェンにスタッフが駆け寄る場面が収められていることが知られています。
「本当に体を張っている」という事実の証明
このNGシーン集が果たした最も大きな役割は、「これらの危険なアクションを、ジャッキー・チェンが本当に自分の体で演じている」という事実の証明でした。
スタントマンや特殊効果で作られたアクションではなく、生身の人間が命がけで挑んだ結果としての映像。NGシーンに映る失敗と怪我の様子は、本編のアクションがいかに危険で、いかに本物であったかを何よりも雄弁に物語っていました。
子どもたちは本編のアクションに興奮し、NGシーンでその凄みの裏付けを得ました。「あんなに失敗して、痛い思いをして、それでもまた挑戦してあのシーンを撮ったんだ」という事実は、ジャッキー・チェンへの尊敬の念を一層深めるものでした。
痛みと努力を「見せる」誠実さ
NGシーン集を公開するという手法には、ジャッキー・チェンの一種の誠実さも表れていました。完成した華やかなアクションだけでなく、その裏側にある失敗・痛み・努力を観客に見せる。それは「自分はごまかしのない本物のアクションを提供している」という、作り手としての矜持の表れでもありました。
観客は、その誠実さに心を動かされました。完璧に見えるアクションの裏に、これほどの苦労と危険があるという事実を知ることで、作品への愛着と俳優への信頼がさらに深まっていったのです。
第5章 翌日の学校で繰り広げられた「ジャッキーごっこ」
椅子や机を使ったアクションの再現
ジャッキー・チェンの映画がテレビで放送された翌日の学校では、男子たちがこぞってそのアクションを真似するという光景が見られました。
教室の椅子を使って飛び越える動きを再現したり、机の間を駆け抜けたり、ジャッキー・チェンが見せた立ち回りのポーズを真似たり──身の回りの道具を使ったジャッキー・チェンのアクションスタイルは、子どもたちにとって「自分でも真似できそう」という気持ちを引き出すものでした。
もちろん、子どもが真似をして椅子から落ちたり、机にぶつかったりという小さな怪我も起きていましたが、それでも「昨日のあのシーンすごかったな」という興奮を共有しながら、子どもたちは校庭や教室でジャッキー・チェンになりきっていました。
「道具を使うアクション」という親しみやすさ
ジャッキー・チェンのアクションが子どもたちの再現意欲を刺激した理由のひとつに、身の回りの日用品を武器や道具として使うというスタイルがありました。椅子、机、はしご、傘──日常にあるものを巧みに使ったアクションは、特殊な道具がなくても「真似してみたい」という気持ちを引き出しました。
ブルース・リーのような本格的な格闘技とは異なり、誰の身の回りにもあるものを使ったジャッキー・チェンのアクションは、子どもたちにとってより身近で親しみやすいものだったのです。
危険な真似は控えるべきという視点
ただし、ジャッキー・チェンのアクションは長年の訓練を積んだプロフェッショナルが、入念な準備と安全管理のもとで行っているものです。NGシーンが示すように、プロであっても怪我のリスクと隣り合わせの危険なものでした。
子どもが見よう見まねで高いところから飛び降りたり、危険なアクションを再現したりすることは、大きな怪我につながる恐れがあります。あの頃の「ジャッキーごっこ」は微笑ましい思い出である一方、危険な真似は控えるべきだという視点も、現代から振り返れば大切にしたいところです。
まとめ──体を張った本物が刻んだ昭和の記憶
エンドロールで流れるNGシーン集に映し出された、失敗と痛みと、それでも諦めずに挑戦し続けるジャッキー・チェンの姿。それは、スタントマンや特殊効果に頼らず、自らの体一つでアクションの本物を追求した一人の俳優の生き様そのものでした。
『プロジェクトA』の時計台落下、『ポリス・ストーリー』のポール滑降──それらの伝説的なシーンが本物であることを、NGシーンは何よりも雄弁に証明していました。昭和の子どもたちは、その本物の凄みに胸を打たれ、翌日には教室でそのアクションを真似せずにはいられませんでした。
完成された華やかなアクションの裏にある努力と危険を惜しみなく見せたジャッキー・チェンの誠実さは、世代を超えて多くの人々の心を掴み続けています。あのNGシーンに本物の凄みを感じた記憶は、ジャッキー・チェンの映画とともに、昭和を生きた方々の心の中に今でも鮮やかに残り続けているのではないでしょうか。
本記事は昭和の映画文化に関する歴史的・文化的記録を目的としています。記載の情報は執筆時点での各種資料に基づくものです。なお、映画のアクションは専門的な訓練を受けたプロによるものです。危険な動作の再現はお控えいただくようお願いいたします。
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