彫刻刀セットの「ばれん」はなぜ使われない?昭和小学校あるあると本来の使い方

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昭和後期の小学校あるある~彫刻刀セットの「ばれん」

版画の時に紙をこするプラスチック製の薄っぺらい「ばれん」。すぐに破れたり、使い道がわからずケースの肥やしになる。

昭和後期に小学校時代を過ごした方なら、図工の授業で彫刻刀セットを使った版画の記憶が残っているのではないでしょうか。セットの中には丸刀や三角刀と並んで、薄っぺらいプラスチック製の「ばれん」が入っていました。紙をこすって絵を写し取る道具ですが、使い方がよくわからないまま数回でひびが入ったり、そのまま道具箱の奥で眠り続けたりした方も多いはずです。彫刻刀そのものは何年も研いで使い続けられるのに対し、ばれんだけはあっという間に出番を失い、名前すら忘れられてしまう存在だったという方も少なくないでしょう。この記事では、あの「ばれん」がなぜあれほど頼りない存在だったのか、本来の役割や本物のばれんとの違いを振り返りながら整理していきます。

1.彫刻刀セットの中の「ばれん」とは

昭和40年代から50年代にかけて、小学校の図工の授業では木版画の単元が組み込まれていることが多く、その際に使われたのが彫刻刀セットです。セットの中身は学年や販売メーカーによって多少異なりますが、丸刀、三角刀、平刀、切出し小刀といった数種類の彫刻刀に加えて、木の板を彫る際に手を守るための当て木、そして「ばれん」が付属しているのが一般的な構成でした。

ばれんの役割は、彫った木版にインクや絵の具をのせたあと、その上に紙を重ねて裏側からこすり、絵柄を紙に写し取ることです。円盤状の道具の中央を手のひらでしっかり押さえながら、円を描くようにこすることでインクが均一に紙へ移っていきます。本来であれば版画づくりの仕上げを左右する重要な道具のはずですが、彫刻刀セットに同梱されていたばれんは、厚みが一ミリ程度しかない簡易なプラスチック製の円盤で、持ち手もなく、ただ手でつまんで使う程度のシンプルな作りでした。彫刻刀という「彫る道具」に比べて、ばれんは「おまけ」のような扱いを受けていた印象を持つ方も少なくないでしょう。

セットの箱を開けたとき、光沢のある刃物が並ぶ中で、ばれんだけがマットな質感の地味な円盤として収まっていたことを覚えている方もいるはずです。彫刻刀の刃を眺めてわくわくする一方で、ばれんは名前も用途もすぐには思い浮かばず、「これは何のパーツだろう」と首をかしげてから説明書を確認した経験がある方もいるのではないでしょうか。授業で最初に配られる道具セットの中で、ばれんはもっとも地味で、もっとも語られにくい存在だったといえます。

2.なぜプラスチック製のばれんはすぐに傷んだのか

学校で配られたばれんが早々にだめになってしまう理由は、その素材と構造にあります。薄い樹脂を型で抜いただけの作りのため、強くこすると縁の部分から白く亀裂が入り、力を入れ続けるうちにぱきっと割れてしまうことが珍しくありませんでした。特に版画の仕上げでは紙がずれないようにしっかり圧をかける必要があるため、子どもの握力でも簡単に負荷がかかり、耐久性の低さが目立つ結果になっていたと考えられます。

また、円盤の表面がつるつるとしているため、力の入れ方にむらがあると絵柄がかすれたり、逆に紙が破れてしまったりすることもありました。うまく扱うにはある程度のコツが必要でしたが、授業内で丁寧に練習する時間は限られており、扱いにくさがそのまま「壊れやすい道具」という印象につながっていったのでしょう。本来のばれんが職人の手によって耐久性と使いやすさを両立させて作られているのに対し、学校教材向けのばれんはコストと安全性を優先して簡略化された、いわば「体験版」のような存在だったといえます。

さらに、ばれんは彫刻刀のように定期的に手入れをする対象として扱われることもありませんでした。刃物であれば授業の最後に本数を数えて回収し、次の授業までしっかり保管するよう指導されますが、ばれんは軽く扱われがちで、机の中に置きっぱなしにされたり、他の文房具と一緒の場所に押し込まれたりすることもあったようです。こうした扱いの差も、ばれんが早く傷んでしまう一因だったと考えられます。

3.使い方がわからないまま道具箱の肥やしになった理由

版画の授業は年に一度あるかないかという単元で、ばれんに触れる機会自体がそもそも少なかったという事情もあります。教師が最初に一度使い方を見せたあと、あとは各自で試すという流れが多く、うまくこすれずに苦戦する子どもも珍しくありませんでした。結果として、指先やスプーンの背でこすったほうが力の加減をしやすく、絵柄もきれいに写るという理由で、ばれんを使わずに済ませてしまうケースも多かったようです。

一度その便利さに気づいてしまうと、次の版画の授業でもばれんではなく身近な道具に頼ってしまい、彫刻刀セットのケースの中でばれんだけが出番のないまま眠り続けることになります。卒業まで一度も本格的に使われず、大掃除や引っ越しの際にセットの中から出てきて「これ何に使うんだっけ」と首をかしげた経験がある方もいるのではないでしょうか。道具としての存在感の薄さが、そのまま「あるある」として語り継がれる理由になっているように思います。

中には、本来の使い道とは別の場面でばれんを活用していたという方もいます。円盤の形を生かして小さなコースター代わりにしたり、消しゴムやシールと一緒におもちゃ箱にしまっておいたりと、版画とは関係のない使い方をしていた子どもも一定数いたようです。道具としての本分をまっとうできないまま、別の役割を見出されていたというのも、ばれんらしいエピソードのひとつといえるでしょう。

4.本物のばれんの奥深さ―職人の道具と比べてみると

学校で配られる簡易なばれんとは対照的に、浮世絵の摺り(すり)などで使われる本来のばれんは、非常に手の込んだ道具です。竹の皮を縄状に編み込んだ「芯(しん)」を渦巻き状に巻き、その上を一枚の竹の皮で包んで「あて皮」とし、さらに持ち手となる部分を竹の皮でくるんで仕上げます。芯の締め方やあて皮の張り方ひとつで刷り上がりの質が変わるため、専門の職人がその技術を磨き続けてきた道具でもあります。

こうした背景を知ると、彫刻刀セットに入っていた薄いプラスチック製のばれんが、本来の道具の役割をごく簡略化した「入門用の模型」のような立ち位置だったことが見えてきます。子どもたちが版画という表現に初めて触れるための最低限の機能を持たせつつ、コストや安全面を考慮して作られたものだったのでしょう。本物のばれんの奥深さを知る機会がないまま卒業してしまう子どもがほとんどだったことも、この道具がどこか印象に残りにくかった一因かもしれません。

本物のばれんを扱う摺師(すりし)は、紙の質やインクの濃さ、その日の湿度に合わせて力の入れ方を微妙に調整しながら作業を進めるといわれています。同じ木版であっても、こする力や角度によって刷り上がりの表情が変わるため、長年の経験が求められる仕事です。学校で配られたばれんではそこまでの繊細さを再現することはできませんが、それでも紙をこすって絵を写し取るという行為の原点を、子どもたちに体験させる役割は果たしていたといえるのではないでしょうか。

5.まとめ―令和の今だからこそ振り返りたい、あの「ばれん」の記憶

現在の図工の授業でも木版画の単元自体は残っていますが、教材として使われる道具は年々見直されており、当時と同じ形のばれんが必ず使われているとは限らないようです。それでも、彫刻刀セットの中に入っていた頼りないプラスチック製のばれんは、昭和後期に小学校時代を過ごした世代にとって共通の記憶として残り続けています。

うまく使えずに終わった道具だからこそ、逆に印象に残っているという方も多いのではないでしょうか。版画の授業そのものよりも、「あのばれん、結局最後まで使い道がわからなかったな」という記憶の方が鮮明という人も少なくないはずです。こうした些細な道具の記憶をたどってみると、当時の教室の空気や友人とのやり取りまで自然と思い出されてくるものです。

同窓会やSNSで昭和の学校生活を振り返る話題が出ると、彫刻刀やコンパスと並んで、このばれんの話題が意外なほど盛り上がることもあります。誰もがうまく使えなかった、あるいは使い道すらわからなかったという共通体験があるからこそ、世代を超えて共感を呼びやすいのかもしれません。彫刻刀セットを見かけたときには、ぜひあの薄っぺらいばれんのことも思い出してみてください。


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